75話
トン子と別れた帰り道。突然、深い孤独が足元から押し寄せてきた。
大学通りの両側には、桜の大木の並木が続いている。
――誰もいない部屋に帰るのが、寂しい。
ふと浮かんだ想いに、開ききらない桜の蕾が寄り添ってくる。共に過ごした後に湧き上がる、この名付けようのない感情はなんだろうか。
またそんなに遠くない未来に会えるし、遊ぶこともできる。わかっているのに、心が子供のようにぐずついて、もっと一緒にいたかったと喚いている。
今頃、トン子はどんな心持ちでいるのだろう。同じように、寂しさを抱えているのか。あるいは、誰しもが皆、このやり場のない思いを隠しているのだろうか。
商店街の入り口で、足が止まる。
――ずっと、この気持ちだったんだ。
今になって、ようやく気づいた。
この程度の心細さすら、丸ちゃんが繰り返し抱えてきたものには到底及ばない。夜、一人で電車に乗って、国立からあの遠い距離を帰って行く孤独。
自分はずっと、気づかないふりをして、その上に甘えていたのだ。
その時、誰かがすれ違った瞬間に、丸ちゃんがつけていた香水の匂いがした。
別人とわかっていても、反射的に振り返ってしまった。
もちろん違う人だった。
でも、そのほんの数秒間。思い出した。
丸ちゃんと付き合って、楽しかったこと全部。
大切にしていた詩集を、薄暗い部屋の片隅で、ダンボールへ慎重に詰めていく。一番お気に入りだった一冊を最後に本棚から引き抜き、丁寧に収めた。黒いマジックペンで、服、雑貨、ワレモノ、と文字を書きつけ、ガムテープで封をする。
寮の部屋に戻り荷造りを始めてみたものの、三年間を過ごした割に、持っていく物は、驚くほど少なかった。
来月になれば、ここではない見知らぬ街で、一人暮らしが始まる。
窓の外でさざめく木々の声だけでは寂しすぎて、ラジオのスイッチを入れた。けれど、スピーカーから聞こえてくる場違いに明るい笑い声は、かえって胸をざわつせた。狭い部屋に一人きりになると、先ほどの孤独感がより一層、頭をもたげてくる。
好きな曲を詰め込んだポータブルMDを手にした拍子だった。ダンボールから弾かれて、床の上で転がっていた一冊の手帳が開いた。懐かしさと、切なさが半分。そこに心強さはない。
高校生にとって、プリクラは名刺のようなものだった。仲良くなりたい友達と交換し、互いのページに貼り付けては見せ合い、手帳はどんどん分厚くなっていった。
入学したての髪を明るく染めた自分の姿が目に留まり、思わず苦笑いが漏れる。丈の短いスカートと、ルーズソックスを一丁前に履きこなして、慣れないメイクでポーズを決めている。今見ると、黒歴史だ。
そんな何ちゃってコギャル生活は一ヶ月ほどで落ち着き、それからは慣れないピアノ中心の生活に、ただ懸命についていく毎日だった。
そして、高二の夏、思い切って髪の毛を切った。丸ちゃんの部屋に四人で集まって、花火を見たのもその時期のこと。何を着ていくか散々悩んだのに。いつもと同じラフな格好の丸ちゃんには、少しがっかりしたことを思い出す。二時間もかかったのに。
それから更に一年が過ぎて、今度は二人きりで、ポートタワーの花火を見にいった。その時の写真が入ったアルバムも出てきた。
捲った先にいたのは、まだどこかぎこちない距離感で、照れくさそうに肩を並べている二人がいた。
アルバムには、手書きの吹き出しやカラフルなペンの文字、思い出のチケットの半券が添えられ、一枚一枚が丁寧に貼り付けられている。どのページを捲っても、そこには丸ちゃんの笑った顔しか残っていない。
水族館の水槽の前で変な顔をして笑っている顔。嫌がりながらも笑ってミッキーの耳をつけた丸ちゃん。葛西臨海公園の観覧車にも乗った。それから、美味しかった、原宿で食べた致死量のクリームのクレープ。煌めく東京タワーの展望台にも登った。少し背伸びをして、綺麗な夜景が見渡せる高いレストランの席を、予約してくれたことだってあった。




