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欠け星アルフェラッツ もしもダビデ像が服を着てたら  作者: Y.Itoda
第三章 二〇〇〇年〜 遠江詩亜
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72話

「女子は?」


『いるだろ、普通は』


「じゃあ、行かないで」


 迷いのない声に自分でも驚いた。言葉が滑らかに溢れてくる。

 電話の向こうで、テレビの音がふっと消える。


『詩亜』


 名前を呼ぶ声に、いつものへらついた調子はない。

 喧嘩はしたくない。けれど、丸ちゃんの隣で笑う女の子たちを想像するだけで、どす黒い感情が渦巻く。どうせ大衆居酒屋へ行き、その後はカラオケで夜を明かすのだろう。


『卒業だぞ? さすがに最後なんだから、参加する』


「だめ」


 未成年が飲酒なんて論外だ。


『詩亜だって、参加すればいいだろ』


「私は参加しない。女子だけになったら行く。だからどうしても参加したいなら、丸ちゃんもそうして」


『そんなの無理だろ』


 困惑の声。呆れているのか、それとも疲れているのか。その判別さえできなかった。


「無理も何も、それが条件」


 理屈などどうでもよかった。嫌なものは嫌だ。

 廊下からは寮生たちの楽しげな笑い声が微かに漏れ聞こえ、今日という日が平穏に閉じられようとしている。それなのに自分だけが、こんなにも苛立ちに苛まれている。

 ベッドに深く腰を下ろし、熱を持った背中を壁に預けた。


『詩亜、それはさすがにおかしいって。自分でもわかってるだろ』


 わかっている。だからこそ、そう指摘されるのが耐え難い。


「丸ちゃんだって、四月から専門学校でしょう? そんな浮かれてる時間あるなら、デッサンとか準備した方がいいんじゃないの? 初めてなんでしょう?」


 言ってはいけないと頭の中ではわかっていても、言葉は勝手に転がり出ていた。


『は? 何んだよ、その話』


 案の定、丸ちゃんの機嫌を損ねる。


「別に、当たり前のこと言ってるだけ。専門学校って就職するために行く場所でしょ?」


『詩亜がそれ言うのは、違うだろ』


 少し、声が刺々しくなった。こんな声を耳にするのは久しぶりだった。


「そもそもそんなこと言ったら、おれは専門学校の飲み会にも行けない訳?」


 こめかみの奥で、何かが脈打つ。


「だめ。男だけで行けばいい」


 大きなため息が、携帯を通じて耳元に届く。丸ちゃんの、なみなみに注がれたバケツの中の水は、臨界点を超えたのだろう。


 詩亜は丸めた膝に、より深く顎を埋めた。

 浮かれた日常への嫌悪感がぎゅうっと、さらに胸を苦しくさせる。


 ――私には、卒業演奏会がある。


 選ばれた十六人しか立てない舞台。五百席ほどのホールで、失敗は許されない。浮かれている暇なんて、本当は自分にもないはずだ。

 それなのに、こんな軽薄な話題に付き合わされている。

 どうしても許せない。そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。

 額を、硬い壁へと打ち付ける。

 ゴツ、という鈍い音が響いた。地獄の淵に立つような静けさが、冷たく部屋を支配した。

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