69話
そのあと、黙ってしばらく見つめていた黒木先生は、「あら。余計な詮索だったかしら。ごめんなさいね」と、悪びれる様子は微塵も見せずにそれだけを言い残して去っていった。
イルミネーションの光に混ざり合えない二人。
「……はは」
互いの間に立ち込める白い息を、少しだけかすれた丸ちゃんの笑い声が通り過ぎる。
「あの、おっかない人。先生か?」
「ごめん、丸ちゃん」
込み上げたのは、今までの全部だった。
今日まで意地を張って傷つけてきたこと。幼い頃からいっぱい嫌なことも言ったし、無理だって数えきれないほど言ってきた。砂場で丸ちゃんが作ってくれた山を、つまらないと笑って、作り直させたことだってあった。
美容師になりたいと打ち明けてくれた時だって、他の女の子に触れてほしくない、ただそれだけの理由で、別の道へ追いやった。本当に、やりたいことだったかもしれないのに。
「まあ、おれなんて顔しか取り柄ないしな」
いつかしか自分が口にした言葉を、丸ちゃんは冗談めかして返してくる。その皮肉が、ずっしりと胸に重くのしかかった。
「--そんなこと、ないっ……!」
丸ちゃんには、いいところがたくさんある。あれも、これも、数えきれないくらい。どうして自分のことになると、いつもそうやって笑い飛ばしてしまうのかと思うと、こみ上げる嗚咽に邪魔されて、ひとつも声にならなかった。
「ありがとうな、詩亜」
困ったように笑い、丸ちゃんは手袋をした手で優しく涙を拭った。鞄から出したティッシュを鼻に当ててくれる。
「おいおい、鼻水まで出てるぞ」
詩亜は子供みたいに、ズー、と構わずにかんだ。
「っと。これじゃ、バイト遅刻だな」
嘘つき。丸ちゃんは、またそうやって強がる。
離れたくない。でも、行かないでなんて、言えなかった。涙で濡れた視界の向こうで、今度は呆れ果てた丸ちゃんの顔があった。
やっとの思いで言葉を絞り出す。
「だ、大丈夫。きっと、丸ちゃんにも……やりたいこと、見つかるよ」
ようやく、その一言だけを伝えることができた。
「おう」
短く応えた丸ちゃんの手が、ぽんと頭を撫でる。
「お、手袋、はめてくれてんじゃん」
その手が、ふと止まる。
「おれ、センスいいだろ?」
ぱっと顔を明るくした丸ちゃんは腕を上げ、お揃いの手袋をかざしてみせる。
それから互いの首に巻かれたマフラーと、次に鞄を順巡りに指さし、「また増えたな。お揃い」と屈託なく笑顔を見せた。
指の先で、鞄のラッコのキーホルダーが、イルミネーションの光に煌めいて、可愛く揺れた。
こんなにぼろぼろに泣いたのに、不思議と心は温かかった。
詩亜は鞄の底から、ずっと渡せずにいた包みを取り出した。
涙でくちゃくちゃの顔のまま、それでも、へへ、と笑う。
「じゃあ……もう一個、増えるよ」




