67話
「……おっす」
上がった片手はぎこちない。
「丸ちゃん。何、してるの」
出てきたのは自分でも驚くほど、ごく当たり前の台詞だった。会いたかったのに。声が聞きたくて、幾度も夜を明かしたのに。どうしようもない自分を攻めた。
「いや。どうしてるかなって思って」
「……そう」
灯り始めた門灯に照らされ、白い息だけが、二人の間で昇っては消える。
先に謝ったら負けだと、まだ詩亜の気持ちはこの期に及んで、性懲りも無く意地を張っている。
丸ちゃんは気まずそうに「今まで連絡、悪い」と小さく手を上げ、「髪切ったら風邪引いててさ」と続けた。
--嘘の下手な人。そもそも風邪を引いて寝込んでいたのは、私の方。
本当に丸ちゃんは変に真っ直ぐで損するタイプだ。幼稚園の時の夢だって、何となくそれらしいことを書いておけばよかったのだ。それでも--変に熱い、そういう不器用なところも好きになった理由だったりする。
「これ」
肩に掛けた鞄から、小さな包みを取り出した丸ちゃんは、視線を逸らしたまま、ほら、と突き出してきた。やけに丁寧な包装紙が、かえって不器用な手つきを思わせた。
「……開けていい?」
「おう」
紐を解くと、ベージュの手袋が現れた。よく見れば、丸ちゃんがはめているグレーの色違い。これを一人で? 男の人がペアものを買うなんて、店で選ぶ時、きっと恥ずかしかっただろう。そう思うと、冷え切った心に熱が灯る。
「詩亜の手、いつも冷たいからな」
照れ隠しなのか、丸ちゃんはマフラーに口元をうずめた。
「ピアノ頑張んなきゃだろ? 大事な手なんだから、ちゃんとしとけよ」
すとんと一瞬、呼吸が止まる。
もうピアノは駄目になったよ、とは言えなかった。
彼氏とピアノ。
--二つの感情に、同時に殴られている私。
丸ちゃんの何げない気遣いが、素直に嬉しかった。
「あのね、丸ちゃん。私」
謝ろうと思ったが、言葉はすれ違った。
「あ、おれ、今日バイトだから行かなきゃ--」
丸ちゃんは背を向けて「悪い! また連絡する」と駅へと足早に去っていく。その背中を、見送るしかなかった。
いつもこうだ。一番大切なところで、歯車が噛み合わない。けれど、少しだけ前進した気がする。
今日の夜、ちゃんと電話で話そう。ごめんって、会いたかったって、全部。
背中が角に消えかけた時、はっと思い出した。自分も用意していたのだ。丸ちゃんへのクリスマスプレゼントを。渡すつもりで、ずっと持っていた。それなのに、いざ会えたら意固地な自分のせいで、すっかり頭から飛んでいた。
部屋へ駆け戻り、机の引き出しを掻き回して包みを掴む。そのまま階段を転がるように駆け下りた。心臓が、痛いほど騒いでいる。
--間に合って。お願いだから、まだ駅に着かないで。




