66話
十二月二十五日。約束のレッスンの日は訪れた。
この二日間は必死に足掻いて、もがいた。誰にも頼らず、死に物狂いで鍵盤に向かい続けた。丸ちゃんだって――きっと、それを望んでいる。
弾けてはいた。音は、揃っていた。だけど、黒木先生は何も言わず、黙ったままだった。
詩亜にはわかっていた。鳴っていたのは、ただの音。先生が求めている、その先の何か、には到底届いていない。
最後通告は無情に告げられた。
「もういいわよ。ご苦労様。今後についてはご両親と、お話しします」
言葉を告げた黒木先生は、そのままその場を後にした。
あらかた予想していた言葉だったが、いざ告げられると、足下の床が突如消えたかように、何も考えられなくなった。
どうやってレッスン室を出たのか。記憶がブツ切りであやふやだ。
気がつけば、寮への道を歩いている足。スカートの隙間から入る冷たい風が、根こそぎ脚の体温を奪っていく。
あれだけ足掻いたのに、何も届かなかった。ご両親と話す――その一言で、十数年余りのピアノ人生が、終わろうとしている。
なのに涙の一粒も出てこない自分が、よけいに惨めだった。
これまでの黒木蘭子との厳しい指導を振り返っていたら、必死に頑張っていた幼い頃の記憶が、走馬灯のように重なる。
窓の外で遊ぶ友人の声を聞きながら、来る日も来る日も鍵盤に向かっていた。発表会の前には、指先が痺れて感覚を失っても鍵盤を叩き続けた。コンクールで賞を手にすれば、母は自分のことのように泣いて喜んでくれた。
誰よりも努力してきたつもりだ。ピアノはいつも、自分の隣にあった。
寮の前まで来て、足が止まった。
逢魔が時の、暮れ残った西の空の下に、見慣れた人影があった。
真冬だというのにブレザーの上には何も羽織らず、着崩した制服にマフラーだけをぐるぐると巻いている。寒いのが苦手なくせに。
丸ちゃんには珍しく、手袋をしていた。
お互いに連絡は絶ったままだった。意地を張り合い、どちらかが折れるのを待っていた。それなのに、よりによってこんな日に、当たり前のような顔をして立っている。
会いたかった。本当は、ずっと。
けど、いつもの余計な意地が立ちはだかる。それに、言いたい言葉が一度に押し寄せて、どれも声にならない。




