64話
かじかんだ手に、白い息を吐きかける。
マフラーがあったかい。校舎を出て、校門へと続く並木道、寒空の下でそう思う。
――丸ちゃん、いま何してるんだろう。
――まだ、怒っているのかな。
ピアノのコンクールのことを考えなければいけないのに、まだこんなことを考えている。
自分から連絡すればいいのにと、つくづく意地っ張りで意地汚い女だと、自分が嫌になる。
ごめん、丸ちゃん。
そうやって、素直に言えたら楽なのに。
『何してる?』
打ちかけたメールを消去した。
ここはワンギリか? 違う。履歴画面で指を止めた。
--もしかして、このまま自然消滅?
流石にそれはない。私たちは幼馴染だ。そんな簡単に消滅しない。いや、させるものか。
うだうだと頭の中を駆け巡る同じ問いかけに、自分のエゴの強さを改めて突きつけられる。コンクールのこともずっと頭から離れない。ことわざにあるように、二頭追うものは一頭も得られないのだろうか。
駿にメールを送ろうとして、その指を止めた。今、駿は受験真っ只中だ。トン子に頼んで、無理矢理仲を取り持ってもらうのも、何か違う。
この指は、これから、どこへ向かっていくのだろう。
丸ちゃんの部屋で四人、意味もなく戯れていた時代が懐かしい。あの頃は早く大人になりたかった。今がずっと続くんだって、思っていた。
なのに今は、その大人に近づくほど足がすくんでいる。
次の日、学校が終わって実家へ行くのも自然な流れだった。寮へ帰るつもりが、気がついたら電車に乗っていた。
両親だって、子供の顔が見られて嬉しいはずだ――そんな言い訳を、後から自分に貼りつけて。
「あら、早かったわね? 乗り換え、迷わず来れた?」
横浜に構えた新しい家は、何度訪れてもどこかよそよそしい。マンション暮らしは初めてというのもある。
「子供じゃないんだから、平気だって」
育った家は、もうどこにもない。やっぱり千葉みなとの、あの家が恋しい。けれど、キッチンから流れてくる懐かしい香りに、強張っていた頬の筋肉が少しは和らいだ。
「もう、すっかり元気そうね」
「うん。心配かけてごめん」
食卓に並んだクリームシチューは、小さな頃から詩亜が一番好きだったもの。
寮の味気ない食事に慣れた舌に、とろりと優しい味がしみ渡る。スプーンを口に運ぶたびに、わけもなく目頭が熱くなる。悟られないよう俯いて食べるのは、苦労した。




