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欠け星アルフェラッツ もしもダビデ像が服を着てたら  作者: Y.Itoda
第三章 二〇〇〇年〜 遠江詩亜
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53話

 ファミレスを出ると、夜風が冷たくなっていた。

 寮までの短い道を、二人で並んで歩く。さっきまであんなに喋っていたのに、もう別れる時間だと思うと、急に言葉が出てこなくなる。


「もう秋も終わりだな。寒いなら、おれの上着、着るか?」


「いい。すぐ着くし。丸ちゃんこそ、風邪引かないでよ」


 寮の門が見えてからも、二人は互いの歩幅をわざと緩めていた。


「……なあ」


 丸ちゃんが、言いにくそうに切り出した。


「国立って、ホテルとか、ないの?」


「は? ……ラブホ?」


「ま、まあ」


「もしかして、今日来たのはそれが狙いだろ?」


「い、いいだろ別に。おれだって、男なんだから」


 体温が一気に熱くなるのを感じた。こんな暗がりとはいえ、心臓の音が丸ちゃんに聞こえてしまいそうだ。


「公園とか、行く?」


「ばか! 外なんて絶対やだ。猿じゃあるまいし」


「じゃあ、詩亜は、したくないのかよ」


「……そんなこと、ないけど」


 言いかけて、唇を噛む。丸ちゃんは不思議そうな顔をした。


「何だよ」


「……だって。丸ちゃん、浴びさせてくれないんだもん」


「ん。シャワーのこと?」


「そうだよ。今度は、ちゃんと時間ちょうだいね」


「いや、悪い。そういうもんだと思ってたから。おれはそのままでも、全然平気だけどな」


「どんだけ変態なの!」


「心配すんなって。おれは、ちゃんと浴びてから来たから」


「そういう問題じゃない!」


 すっかりいつもの調子に戻り、互いに遠慮のない言葉を投げ合う。

 門の前で、ようやく本当に立ち止まる。


「じゃあ、おれ、帰るわ。終電あるし」


「うん。気をつけて、帰ってね」


 名残惜しさは、あえて口にしない。その代わりに、詩亜は「んっ」と、顔を少しだけ突き出して目を閉じた。


「んっ。ほら早く」


 いつもの儀式。丸ちゃんは「たくぅ」とこぼしながら周囲をちらりと見て、こっ恥ずかしそうに唇をちょこんと触れ合わせた。


「ね。好き?」


「ああ、好き」


「もっと!」


「もっと?」


「当たり前でしょ」


「……ああ、愛してるよ」


「もっと!」


「なんだよそれ。その上か〜」


 丸ちゃんは本気で困り果て、「そうだなー……」としばらく考え込んだ末に、夜空を見上げてぼそりと吐き出した。


「……また、一緒に星、見れるといいな」


 詩亜は、んー、と勿体ぶってから、小さく微笑んだ。


「まあ、いいか。よし、合格」


 丸ちゃんが片手を上げて歩いて行く。そして、声が届かなくなる距離くらいになると、丸ちゃんは振り返ってもう一度手を上げた。

 今日も同じだった。




 その夜は布団に入っても、心は凪ぐことを知らない。

 まだ、頬が緩んでいる。こんなに満たされた夜を、知らなかった。

 起き上がって、ノートを開く。書きかけの、曲のための詩。

 『好き』や『愛してる』それ以上の、一番深いところにある言葉を探していた。

 でも、見つからない。きっと、二人ともまだ、その言葉を知らないのだ。それが少しだけ、もどかしい。

 ペンを置いて目を閉じると、瞼の裏に今夜の幸福がちらちらと灯った。

 この光を、誰にも渡したくない。他の誰とも、こんなふうに笑ってほしくない。今、この瞬間も、ずっと、ずっと、自分だけのものでいてほしい。

 その独占したい気持ちが、苦しいくらいに心を満たしていた。


 卒業したら、どうなるんだろう。


 ファミレスで飲み込んだ問いが、ふと頭をよぎる。けれど、ハンバーグを頬張る丸ちゃんの顔や、『ずっといてほしい』という不器用な声を思い返すと、その不安は、優しく押し流されていった。


 大丈夫。きっと、なんとかなる。


 この幸せが、このまま永遠に続くのだと。詩亜はその時、疑うこともなく信じていた。

 季節が、変わろうとしていた。

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