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欠け星アルフェラッツ もしもダビデ像が服を着てたら  作者: Y.Itoda
第三章 二〇〇〇年〜 遠江詩亜
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52/86

52話

「おー! あったあった。毎日、命がけだったよな、あれ」


「丸ちゃん、プリンの時だけ、やたら気合い入ってたよね」


「当たり前だろ。あれは、譲れない戦いだったんだよ」


 大真面目な口ぶりに、可笑しさがこみ上げてくる。


「あと、給食当番がさ。汁物のバケツ、まるごとひっくり返して。隣のクラスに、もらいに行くやつ」


「あった、あった。あれ、もらいに行くの、地味に恥ずいんだよな」


 ひとしきり笑い合う。きなこの揚げパンが美味しかったこと。ソフト麺の日は、朝から皆がどこか浮き足立っていたこと。そんな些細な記憶ばかりが、ついこないだことのように鮮明だ。


「私さ、学芸会のセリフ、いまだに覚えてる」


「まじか。さすが」


「丸ちゃんは?」


「おれは、忘れた。ていうか、詩亜はあの頃から何かあるたびに、ピアノ弾いてたよな」


「うん。合唱コンクールとかも、いつも伴奏させられてた。まあ、楽しかったけど」


 丸ちゃんは何かを思い出したように、ふと遠い目をする。


「あいつ今どうしてっかな? 一年中、半袖短ズボンのやついたじゃん。あいつ、ほら、カマチョだっけか?」


「ちがうよ。ヤマチョだって」


「あ、それそれ」


 また、笑う。


「まだ半ズボン履いてたら、ウケるな」


 くだらない。本当に、くだらない話ばかり。でも、こんなふうに、何でもない過去を、何でもなくわかち合える相手は、きっと、この人しかいない。

 何気なく夜の窓の外へ目をやると、頭の中で懐かしいテレビアニメの曲が流れてきた。


「日曜の夕方にサザエさん流れると、また明日から学校かー、って気分になったなー」


「なる。おれは今でも、ちょっとなる」


 笑い合って、それから丸ちゃんは、最後のひと口を口に放り込んだ。満足げに水を飲み干すその仕草にある問いが浮かんだ。


「ていうか、丸ちゃんもさ。バイトばっかで、忙しいんでしょ。毎月、どれくらい稼いでるの?」


「ん」


 丸ちゃんは口をもぐもぐさせながら指を立てた。


「先月は、七万、いきました」


 どこか誇らしげなその顔に、詩亜は思わず吹き出した。


「すごっ。……って、高校生が、稼ぎすぎでしょ」


 高校生の収入とは思えない額に、自分の声がわずかに裏返る。


「ていうか、おれ、こないだバイトリーダーになったし」


「えっ、嘘。バイトリーダー?」


「なんか知らんけど、店長に、おまえ仕切るの上手いからって」


 さらりと言うけれど、それはなかなか凄いことなんじゃないだろうか。考えてみれば、丸ちゃんは昔からそうだった。勉強はてんでやらないくせに、こういうことの要領だけは妙にいい。頭の回転だって本当は悪くない。やる気さえ出せば、きっと何だってできるはずだ。

 だからこそ、もったいないとも思う。冗談を交えて口にした。


「すごいじゃん。……って、そんなに稼げるなら、もう、いっそ学校辞めて働けば?  どうせ、行っても寝てばっかなんでしょ」


「失礼な。ちゃんと、起きてるときもあるっつーの」


「あるとき、って」 


 軽く言葉を返しながら、最近の不満分子を呼び起こす。近頃、丸ちゃんからのメッセージの返信が少しずつ遅くなっている。前は授業中だろうとおかまいなしにすぐ返してきたのに。バイトで疲れて眠っているのか。それとも、そもそも学校へ行っていないのか。

 卒業したら、どうするつもりなの。

 そう訊こうとして、唇を結んだ。今それを言葉にしてしまえば、きっとこの幸せな時間に影が差してしまう。窓の外に続く夜の気配が、そんな予感を連れてくる。

 代わりに、メロンソーダのストローをくるくると回しながら、できるだけ軽い調子で言った。


「……まあ、でも。卒業だけは、ちゃんとしときなよ。この前のテストも赤点ギリギリだったんでしょ?」


「わーってるって」


 丸ちゃんは気のない返事をして、運ばれてきた食後のドリンクに口をつけた。

 その横顔を見つめながら、詩亜はストローの先をそっと噛んだ。

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