52話
「おー! あったあった。毎日、命がけだったよな、あれ」
「丸ちゃん、プリンの時だけ、やたら気合い入ってたよね」
「当たり前だろ。あれは、譲れない戦いだったんだよ」
大真面目な口ぶりに、可笑しさがこみ上げてくる。
「あと、給食当番がさ。汁物のバケツ、まるごとひっくり返して。隣のクラスに、もらいに行くやつ」
「あった、あった。あれ、もらいに行くの、地味に恥ずいんだよな」
ひとしきり笑い合う。きなこの揚げパンが美味しかったこと。ソフト麺の日は、朝から皆がどこか浮き足立っていたこと。そんな些細な記憶ばかりが、ついこないだことのように鮮明だ。
「私さ、学芸会のセリフ、いまだに覚えてる」
「まじか。さすが」
「丸ちゃんは?」
「おれは、忘れた。ていうか、詩亜はあの頃から何かあるたびに、ピアノ弾いてたよな」
「うん。合唱コンクールとかも、いつも伴奏させられてた。まあ、楽しかったけど」
丸ちゃんは何かを思い出したように、ふと遠い目をする。
「あいつ今どうしてっかな? 一年中、半袖短ズボンのやついたじゃん。あいつ、ほら、カマチョだっけか?」
「ちがうよ。ヤマチョだって」
「あ、それそれ」
また、笑う。
「まだ半ズボン履いてたら、ウケるな」
くだらない。本当に、くだらない話ばかり。でも、こんなふうに、何でもない過去を、何でもなくわかち合える相手は、きっと、この人しかいない。
何気なく夜の窓の外へ目をやると、頭の中で懐かしいテレビアニメの曲が流れてきた。
「日曜の夕方にサザエさん流れると、また明日から学校かー、って気分になったなー」
「なる。おれは今でも、ちょっとなる」
笑い合って、それから丸ちゃんは、最後のひと口を口に放り込んだ。満足げに水を飲み干すその仕草にある問いが浮かんだ。
「ていうか、丸ちゃんもさ。バイトばっかで、忙しいんでしょ。毎月、どれくらい稼いでるの?」
「ん」
丸ちゃんは口をもぐもぐさせながら指を立てた。
「先月は、七万、いきました」
どこか誇らしげなその顔に、詩亜は思わず吹き出した。
「すごっ。……って、高校生が、稼ぎすぎでしょ」
高校生の収入とは思えない額に、自分の声がわずかに裏返る。
「ていうか、おれ、こないだバイトリーダーになったし」
「えっ、嘘。バイトリーダー?」
「なんか知らんけど、店長に、おまえ仕切るの上手いからって」
さらりと言うけれど、それはなかなか凄いことなんじゃないだろうか。考えてみれば、丸ちゃんは昔からそうだった。勉強はてんでやらないくせに、こういうことの要領だけは妙にいい。頭の回転だって本当は悪くない。やる気さえ出せば、きっと何だってできるはずだ。
だからこそ、もったいないとも思う。冗談を交えて口にした。
「すごいじゃん。……って、そんなに稼げるなら、もう、いっそ学校辞めて働けば? どうせ、行っても寝てばっかなんでしょ」
「失礼な。ちゃんと、起きてるときもあるっつーの」
「あるとき、って」
軽く言葉を返しながら、最近の不満分子を呼び起こす。近頃、丸ちゃんからのメッセージの返信が少しずつ遅くなっている。前は授業中だろうとおかまいなしにすぐ返してきたのに。バイトで疲れて眠っているのか。それとも、そもそも学校へ行っていないのか。
卒業したら、どうするつもりなの。
そう訊こうとして、唇を結んだ。今それを言葉にしてしまえば、きっとこの幸せな時間に影が差してしまう。窓の外に続く夜の気配が、そんな予感を連れてくる。
代わりに、メロンソーダのストローをくるくると回しながら、できるだけ軽い調子で言った。
「……まあ、でも。卒業だけは、ちゃんとしときなよ。この前のテストも赤点ギリギリだったんでしょ?」
「わーってるって」
丸ちゃんは気のない返事をして、運ばれてきた食後のドリンクに口をつけた。
その横顔を見つめながら、詩亜はストローの先をそっと噛んだ。




