51話
彼はポケットに手を深く突っ込んだまま、何度も携帯を気にしては、不安げに辺りを見回している。この街の喧騒に、まだ馴染めていない様子が見るからに伝わってきた。
その姿を見間違えるはずがない。
「……丸ちゃん?」
呼びかけると、すぐにこちらを振り返った。視線が合うなり、丸ちゃんは気恥ずかしげに口をへの字に曲げ、それでも片手をひょいと上げる。
「よ、よう」
「どうして……っ」
驚きで、言葉が続かない。千葉みなと駅から電車で一時間半。その距離を連絡もなしに現れた意味がわからない。駆け寄りながら矢継ぎ早に問いかける。
「何でいるの。何かあったの?」
何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。だけども、丸ちゃんは頭をがしがしと掻いてから、観念したように口を開く。
「いや……詩亜。今日、メールで早く会いたいって言ってたろ?」
視線を逸らしたまま、丸ちゃんは続ける。
「なんつーか。おれもなんか会いたくなってきたみたいでさ」
その一言で、胸の中にあった蟠りが溶けていく。
町野君と話した後ろめたさも、毎日会えない寂しさも、全部どこかへ消えてしまった。ただ会いたかったというその一心だけで、ここまで来てくれたのだ。
溢れそうな嬉しさを必死にこらえ、代わりに丸ちゃんの胸を軽くぽかりと叩く。
「……バカ。心配するじゃん。連絡くらいしろ」
「したろ。ワンコール」
「あんなの、わかるわけないでしょ!」
怒ったふりをして笑う。本当はこのまま、腕の中に飛び込みたいくらい愛憎らしいのに。
その時、丸ちゃんのお腹が、ぐう、と情けなく鳴った。
「あーあ。詩亜が褒めてくれないから、おれの腹が泣いてるわ」
唇を尖らせてお腹を押さえる仕草が、どうしようもなく可笑しい。
「ご飯、食べてこ。すぐそこにファミレスあるから」
門限までは、まだ少しある。丸ちゃんの袖を引いて歩き出した。
駅近くのファミレスのボックス席で、向かい合って座る。
丸ちゃんはメニューを開くやいなや、一番大きなハンバーグの大盛りを注文した。詩亜はドリンクバーだけでいいと告げる。
「いいのか? おれがおごるぞ?」
「平気。丸ちゃんが食べてるとこ見るだけで、お腹膨れそうだから」
何だか、本当に満たされる気がした。
とりとめのない話を、いくつも重ねた。
飲み屋で出会った年上の人に夢中なトン子の話や、相変わらず勉強に忙しくて連絡の途絶えがちな駿のこと。友人たちの近況を話すうちに、皆がそれぞれの場所で、懸命に今日を生きているのだと改めて思う。
「ていうか、丸ちゃんって、昔から食べるもの変わんないよね。ほんといつまでもお子様」
「そうか?」
「そうだよ。いつもハンバーグかスパゲッティ、それかオムライス。悩んだときは決まってラーメンだし」
「まあ、言われてみゃ、そうかも」
丸ちゃんは、ハンバーグを頬張りながら呑気に頷く。
「詩亜と、お手手を繋いで、一緒に幼稚園通ってた頃から、変わってないのかもな」
「お手手って。うける、ていうか、超懐かしいし」
思わず笑ってしまった。あの頃の小さな手の感触がよみがえる。昨日のことのようだ。
「まあ、お子様ランチの大盛りがあるなら、おれはそれでいいんだけどな」
本当に丸ちゃんは、昔から何も変わらない。
笑いを交えて軽口を叩くその顔を見つめながら、昔のことを思い出した。
「そういえばさ。覚えてる? 給食の余ったデザート、よくジャンケンしてたよね」




