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欠け星アルフェラッツ もしもダビデ像が服を着てたら  作者: Y.Itoda
第三章 二〇〇〇年〜 遠江詩亜
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49話

 翌日の昼休みが、陽だまりのように過ぎていく。


「遠江さん! 落としたよ」


 声をかけてきたのは、同じ学年の男子だった。手のひらに乗っているのは、詩亜のお気に入りのラッコのキーホルダー。鞄からこぼれ落ちていたらしい。


「あ、ほんとだ。ありがとう」


 駆け寄って受け取りながら、「それ、池袋のやつだよね?」と町野君に言われ、つい話が弾んでしまう。詩亜は水族館に目がない。


「意外。遠江さんって、そんなに可愛らしく話すんだね」


 考えてみれば、学校の男子と話すなんて、記憶にないくらい、ない。

 町野君が柔らかく微笑んだ。すらりと伸びた背から見下ろす瞳には、吸い込まれるような吸引力がある。きっと、他の女子なら、これだけでコロッといってしまうのだろう。

 でも、詩亜の胸は、不思議と凪いだままだった。


「なんか、演奏の時と全然違うから」


「そう、かな」


「遠江さん。ピアノ弾く時、格好いいからね」


「え……」


「そうだよ。去年の学内演奏会なんて、圧倒的な華があった。遠江さん、きっと素敵なピアニストになるよ」


「そ、そうなんだ」


 演奏のことを、こんなふうに褒められたのは、初めてかもしれなかった。顔とか、性格とか、そういうことじゃなくて。自分が、一番大切にしているものを、まっすぐに。

 ちょっぴり、嬉しい。


 ……でも。


 ふと、思う。丸ちゃんは、一度も言ってくれたことがない。私のピアノのことを。


「何かあった?」


 今度は胸を突かれた。町野君の視線が、まっすぐ刺さる。


「え、なんで?」


「んー。何だろう。なんていうか、遠江さんの佇まいが、急に大人っぽくなったというか」


 咄嗟に、思い当たる節を探して――探さなければよかった、と思った。

 丸ちゃんと初めて結ばれた、あの夜のことが、よぎってしまったから。

 そういうことが、滲み出てしまうものなのだろうか。そう思うとかっと、頬が熱くなる。


「凛としてるとか言うと、ちょっと臭いかな」


 町野君が照れくさそうに、小さく笑った。


「そんなことないよ。いつもと、変わんないって」


 彼氏がいることは、親しい友人にさえ隠している。だから、ましてや、その先のことなんて、誰にも言えるはずがない。


「そういえば、遠江さん。今度の選考、受けるんだよね?」


「……うん。受けるだけ、受けてみようかなって」


 作曲の課題で選ばれれば、定期演奏会で自分の曲を披露できる。詩を添えた、詩亜だけの一曲を。


「すごいなあ。やっぱ、本気で目指してる人は、違うよね」


 町野君が、感心したように言う。その目に邪気はない。ただ素直に、すごいと思ってくれているのが伝わってきた。


「おれ、応援してるから。遠江さんの演奏、好きなんだ」


 好き。

 その一言に、どきりとする。けれど、それは町野君にときめいたからじゃない。

 この言葉を聞くと、どうしたって丸ちゃんの顔が浮かんでしまう。あの夜の、馬鹿みたいにまっすぐな『愛してる』が、鮮やかに蘇る。


「……ありがとう」


 何とか、それだけ返した。




 町野君と別れ、独りになって。

 そこでようやく、自覚する。

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