47話
秋。
降りみ降らずみ。
お気に入りの詩集の片隅で、その一節に目が留まった。
馴染みのない言葉だった。
意味を紐解こうと辞書を引けば、雨が降らなかったり、降ったかと思えば突然止んだりと、乙女心のような気まぐれな天気のさまが綴られている。古典の歌集では、秋から初冬にかけての移ろいやすい雨を指すことが多いらしい。
その言葉を丁寧にノートへ書き写す。
傍らには、書きかけの詩が残されていた。恋の始まりを描くはずだったのに、ペン先は何故か、別れにまつわる断片ばかりを辿っている。
どうして、なのだろう。
ようやく結ばれたばかりの相手がいるというのに。
来週の作曲の課題では、自ら作った曲を発表しなければならない。
ピアノのための、小さな一曲。けれど、ただ音を並べればいいわけではなかった。この旋律で何を描きたいのか。どんな情景を、どんな想いを込めるのか。それをまず言葉でつかまえる。指導の先生は、いつもそう教えた。本物の表現者は言葉などなくとも、たった十本の指だけで全てを語ってみせるものだから。
紡いだ言葉の一節は、やがて誰かの物語となり、音楽へと姿を変える。
私の物語?
ペンを置いて、ノートを見つめる。並んでいるのは、別れ、さよなら、遠い、届かない。――そんな文字ばかり。幸せなはずの恋を描こうとしても、筆先はいつの間にか終わりの色を帯びてしまう。
……先日も、暴挙に出てしまった。
丸ちゃんの携帯から、自分以外の女子の連絡先を全消去した。やりすぎたとは思うけれど、衝動は抑えきれなかった。他の誰かと楽しく会話していると想像するだけで、イライラする。
思えば、最近は喧嘩ばかりだ。
だからだろうか。
初めて身体を重ね、満たされているはずの今でさえ、こんなにも胸がしめつけられて、心許ないのは。
こんなに好きなのに。ただ傍にいたいだけなのに。どうして肌を寄せ合うほどに怖くなる。
また一つ季節が終わるのに、私の心は、いつまでも立ち止まったままだ。
真夜中。寮の部屋は、雨模様だった。
ブブブッ。
手元で、携帯が短く震えた。
ワン切り。二つ折りの端末を開けば、緑がかった液晶に着信の通知がある。
いつもより随分と早い。もう寝てしまうのだろうか。
『もう寝るの?』
指先で文字を送り出すと、ブブブとまたすぐに返信が届いた。
『寝るー。おやすみ』
眠そうな顔の絵文字に、zzのマーク。
『早いね。おやすみ。今日は来てくれて、ありがとう』
もっと伝えたいという込み上げる気持ちを抑え、送信ボタンを押す。携帯を机の上に置くと、雨音が、先ほどよりもまた少しだけ強くなってきた。
――と、再び端末が震える。
またワン切りだ。




