46話
「おお。どうするかなって思ってたけど。さすが、丸ちゃんっ」
詩亜が、待ってましたとばかりに、にっかっとした。
「お、おう。当たり前だろ。おれを誰だと思ってんだよ」
強がって、わざと胸を張る。ただ、いざ捨てようと周囲を見回しても、肝心のゴミ箱が見当たらない。
仕方なく、ポケットにねじ込もうとしたところで、
「はい、これ使って」
レースのついた巾着を、がさごそと探って、詩亜が、ビニール袋を差し出してきた。
二人の間には、夏休みの終わりを思わせる、静かな気配が流れていた。
やがて、薄暗い校舎の輪郭が、ぼんやりと視界に入る。
鉄の門扉の前で、詩亜が、足を止めた。
「ここ。私の寮」
くるりと振り返ると、詩亜が跳ねるように言った。
「絶対、またポートタワー二人で行くよ! 今度こそ最後まで」
いちいち弾けるその愛くるしさに、今日の花火大会の光と、目の前の詩亜の姿とが、一丸の中で、重なっていく。
「だなっ」
気持ちは、どんどん彼女の色に染まっていく。ちょっとした声の調子一つで、耳が幸せになってしまう。そんなささやかな変化さえ、まだ自分ではうまく自覚できないままで。
見上げれば、星がいくつか瞬いている。勢いのままに、こんな遠い空の下まで来てしまった。
それでも、去年の夜、屋根の上で一緒に見上げた星と、きっと同じ場所で光っている。そう思えば、このあと一人で帰路につく長い道のりも、胸を締めつけるような寂しさからも、何とかやり過ごせる気がした。
「じゃあ……おれ、このまま帰るわ」
そう告げて、背を向ける。もう夜も遅い。長居は無用だと、自分に言い聞かせる。
けれど、詩亜は唇を尖らせ、不満げな顔をしていた。何かを待っている。なのに、その『何か』が、うまく掴めない。
「ん」
喉の奥で、つぶれたような声を鳴らし、詩亜がじっと見つめてくる。
やがて耐えきれなくなったのか、はっきりと言葉にした。
「ちゃんと、言え!」
ようやく、理解が追いつく。ああ、そういうことか、と、喉が、からからに渇いた。
「あ、ああ……その」
短く息を吸い込んで、一丸は言った。精一杯の想いを込めて。
「おれたち……付き合おっか?」
なのに、「違うっ!」と、即座に全否定された。
跳ね返るような声に、心臓が一つ大きく鳴る。
その瞬間、詩亜が本当に欲しがっているものが、はっきりとわかった。
ひと時だけ、目を閉じる。頭の中で、今夜の花火が、もう一度、弾けた。
「愛してる」
気づいた時には、もう、口からこぼれていた。
「ぷっ」
詩亜が、たまらず噴き出す。
「いきなり、そこまでいく?」
言われて初めて、自分の順番の飛ばし方に気づいた。本来なら、まずは『好き』から。その先にようやくたどり着くはずの言葉を、いきなり投げてしまったのだ。
急に、頬が熱を帯びる。
「まあ、いっか。丸ちゃんっぽいし」
そう笑う詩亜は、すっかりご満悦の様子で、一丸は、ひとまずほっとした。
「送ってくれて、ありがと。気をつけて帰ってね。家に着くまでは、起きてるから」
「いや、寝とけって。おれは平気だから」
本当は、心細くないわけじゃない。でも、詩亜には、ちゃんと自分の夢を追いかけてほしいと思った。
「だってぇー」
「寝ろ。わかったな?」
冗談めかして、少し強めに言う。言葉の終わりに、軽く笑いを混ぜてから、一丸は踵を返した。
校門から、数歩離れた時だった。
下駄の小走りの音が、背中に近づいてくる。
「丸ちゃん!」
背中に、柔らかな温もりがぶつかった。
詩亜が、後ろから抱きついてきていた。
「大好き!」
耳も、鼓動も、その一言だけで埋め尽くされる。
夏の霜。月の光に照らされた地面が、白白と光り輝いている。
――おれは、これだけでいい。
心から、そう思えた。
第二章おわり。
ありがとうございました☺︎




