44話
改札まで見送った。別れ際に手を振ると、詩亜はほんのり笑みを浮かべ、ホームへと歩き出す。その背中が、何故だかやけに心許なく映った。
「――詩亜っ、待った!」
発した本人が一番驚くほど、大きな声が響く。衝動に突き動かされるまま切符を求め、ゲートをくぐった。ホームへと続く階段を駆け上がる頃には、もう荒い息が漏れていた。
中ほどまで昇ったところで、詩亜が足を止めてこっちを見ていた。
「え、丸ちゃん……何してんの?」
当然の驚き。けれどその奥には、隠しきれない嬉しさが薄っすらと透けて見える。
それを見た瞬間、胸を覆っていた霧が晴れるようだった。ああ、このままもう少しだけ、傍にいたい。一丸は「へへん」と鼻を鳴らし、あえて明るい声音で告げる。
「おれも、東京行くわ」
JR京葉線で、東京駅まで。夜の上りだというのに車内は驚くほど空いていて、あっさりと並んで腰を下ろした。
窓の外には、真っ黒な海面と揺らめく港の灯りが広がっている。初めて見る景色だ。窓ガラスにぼんやりと映り込む自分の姿はやけに小さく見えて、頭の中で何度も『しっかりしろ』と繰り返す。
隣に座る詩亜は、黙したままだ。泣きじゃくっていたさっきが嘘のように、今は穏やかな横顔で過ぎゆく夜を眺めている。二人の間に言葉はない。けれど、それは先ほどまでの、ちぐはぐな沈黙とは違っていた。
電車の揺れに合わせて、時折、肩と肩が触れ合う。そのたびに、どちらも気づかないふりをした。
触れ合ったままの温度が、少しずつ、確実に、二人の距離を縮めていく。
東京駅で中央線に乗り換えると、乗客が一気に増えた。席は空いていなかったが、押し合いになることもなく、自然と会話が弾む。
オレンジ色の電車に揺られて、街がどんどん流れていく。新宿を過ぎたあたりから、車内は少しずつ静けさを取り戻していった。
最初のぎこちなさがほどけてしまえば、あとはいつもの調子だ。
家族のこと、学校の話。寮での生活リズムや、音楽漬けの日々に追われる苦しさ。クラスメイトのたわいもない噂話。断片的な言葉の端々から、詩亜が思っていた以上に、ギリギリのところで踏ん張っているのだと改めて思い知らされる。
「駿、驚くかな?」
窓を見ながら、ふと詩亜は息をつく。外には虚構のようにオフィスビルの明かりが並び、夜の景色が流れては消えていく。整然と灯る窓の光は、どれも同じ色をしているようだった。
「驚かないだろ」
そもそもの、駿が二人の仲を取り持ってくれた張本人だ。
精神的にまいっているから支えてやってほしいと頼み込んできたのも、詩亜に恋人がいないと教えてくれたのも、全て駿だった。それは、一丸が何よりも気にしていたことでもある。
「駿には、感謝してる」
視線を向けると詩亜が、わずかに声を落とした。
「なんか、駿、最近ちょっと変じゃない?」
「そうか?」
「……ううん。気のせいかも」
詩亜は、それ以上何も言わなかった。一丸も、深くは考えないことにする。
「今度、駿にはお礼言わなきゃ。丸ちゃんと花火見れたし」
窓の外を過ぎゆく光が、彼女の横顔を照らしては去っていく。
「ねえ」
しばらくして、詩亜が再び小さく口を開いた。




