表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/86

43話

 言葉にしなくとも、お互いに抱いていた予感があった。

 だからこそ、詩亜の問いは口をついたのだろう。


「ねえ。他の女の子とは、絶対に話したらダメだからね?」


 束縛。その狂気じみた一面を、以前から薄々感じていた。それなのに、詩亜のためならばと、どこかで甘んじていたはずだった。

 それだというのに。


「ま、まあ、気をつけるよ」


 また、照れ隠しで、曖昧な返事をしてしまった。

 花火の残光に照らされた詩亜の横顔から、すっと表情が抜け落ちていく。


「……は?」


 底冷えするような低い声だった。


「何それ。気をつける、って」


「いや、そういう意味じゃ……」


「もういい!」


 詩亜が、立ち上がった。浴衣の裾が、涼やかな夜風に震える。


「丸ちゃんって、ほんと、そういうとこ」


 言い終えることもなく、詩亜は背を向けて人波へ。華やかな浴衣の群れの中に、その背中はまたたく間に紛れてしまった。

 頭上では大輪の花火が、何も知らぬまま次々と咲き乱れる。


「お、おい、待てって!」


 慌ててレジャーシートを丸め、後を追った。けれど、腰を上げた時には、もう遅かった。花火の爆音が呼びかけた声を、無慈悲に根こそぎ()っさらっていく。

 たった数メートルのはずだった。それなのに、詩亜の背中は、もうどこにもない。


 ――しまった。


 詩亜は、取扱注意なのだとわかっていたのに。

 視界は、花火の明滅でめまぐるしく色を変える。似たような浴衣姿が、いくつも目の前を過ぎ去っていく。藍色を探した。白い朝顔の模様を探した。けれど、どれも詩亜ではない。

 必死に駆け回った。駅の改札。ポートタワーのふもと。さっき二人で座った芝生の縁石。どこにも、いない。

 携帯を開いたが、圏外のままだ。人混みのせいか、それとも今日は電波すら味方してくれないのか。

 どうして、あんな返事をしたのだろう。

 他の女の子と話さないでほしい。詩亜の精一杯の願いに、自分は『気をつける』なんて、まるで他人事のように突き放してしまった。詩亜の危うさを、誰よりも知っていたはずなのに。胸がぬじれるように痛む。


 一度、家に帰った。

 きかん坊の詩亜のことだ。とっくに電車に乗って、帰宅しているに違いない。そう言い聞かせようとした。

 だが、部屋にいても何ひとつ手につかない。窓の外から、祭りの熱気が絶え間なく流れ込んでくる。携帯は沈黙したままで、詩亜との繋がりは途切れたままだった。

 一人でいることに、どうしようもなく耐えきれなくなる。


 もう一度、駅へ。

 無心で走った。誰に言われたわけでもない。ただ、体が勝手に求めていた。浴衣の詩亜が、まだどこかで待っている。なぜか、そんな確信に近い予感があった。


 そして、見つけた。

 駅へ続く階段の、隅。照明の届かない影の奥で、詩亜は膝を抱えてうずくまっていた。小さく肩を震わせ、顔を伏せたまま動かない。

 遠くで、ひときわ大きな花火が空を焦がした。きっと、これが最後の一発だ。

 その光が、一瞬だけ、うずくまる詩亜を青白く照らし出す。その姿が、目に焼きついて離れなかった。


「……ごめん。詩亜」


 声が、震えた。

 詩亜が、ゆっくりと顔を上げる。


「遅いよ……」


 涙で滲んだ、か細い囁きが響いた。

 何も考えられなかった。ただ、詩亜の震える肩へ、手が自然と伸びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ