42話
水平線から、海がゆっくりと琥珀色に沈んでいく。そろそろ祭りの本番だろうか。タワーの真下の広場は、いつの間にか浴衣姿の群れで色づき、屋台の甘い香りと子どもの笑い声が風に乗って流れてくる。去年、遠い空を眺めるだけだった花火を、今年はすぐ間近で見上げることになる。
二人で人混みを避け、海沿いの縁石に腰を下ろした。
日が完全に落ちて、最初の一発が上がる。「どん」と、去年とは比べ物にならない轟音が体の芯を揺らした。真上で大輪の光が、降ってくるように咲き乱れる。あまりの近さに詩亜が「わ」と肩をすくめ、小さくこちらへ身を寄せた。
肩が、触れそうで、触れない。
その距離が、さっきからどうにも落ち着かない。意識を逸らさなければ、詩亜の顔を無遠慮に見つめてしまいそうだった。
不思議な感覚だ。幼い頃から数え切れないほど共に仰いできた空のはずなのに、まるで今日という日のために初めて用意された舞台のように、何もかもが眩しく見える。隣にいる詩亜の輪郭さえも、今は弾ける花火みたいに新鮮で、息を呑むような熱が肌を伝う。
花火の閃光が、詩亜の横顔を赤く、そして青く染め上げる。まつ毛も、唇も、いつもよりずっと近くにあり、鼓動が花火の音と混ざり合う。
「綺麗だね……」
賑やかな空気とは裏腹に、詩亜の声だけが、焦げ臭い煙の中へ吸い込まれていく。
電話越しに、幾度となく進路の不安を零していた。音楽の道は、想像以上に厳しいのだという。あるいは、両親が県外へ移り、生まれ育った実家を失った喪失感なのか。それとも、高三という季節が連れてくる、青春の終わりを告げる予感か。
「……丸ちゃん」
花火の音の隙間で、詩亜が名前を呼んだ。いつになく真剣な響きで耳の奥に届いた。
「私さ。今日、なんで誘ったと思う?」
心臓が大きく跳ねる。
本当の意味なんて、痛いほど理解していたはずだ。チェーンメールの追伸も、ワン切りも、今日の浴衣も。全て。
けれど、自分の口から零れ落ちたのは、まるで別人のような見当違いの言葉だった。
「……花火、まあ、迫力すごいもんな。誘いたくもなるって」
言ってから、しまった、と後悔が過る。
柄にもなく張り詰めた空気が小っ恥ずかしくて、つい、はぐらかすような格好をつけてしまった。
詩亜が何かを言いかけて、唇を噛みしめる。
ちょうどその時、一際大きな火花が空を埋め尽くし、二人を乱暴に揺さぶった。その衝撃に引き寄せられるように、互いの指先が、運命の歯車に導かれるようにして、軽く触れ合う。
「あ、ごめん」
「お、おう」
どちらの声も、打ち上げ花火に急かされ、焦燥のまま口をついて出た。続く爆音の連打が、その短い言葉を跡形もなく消し去っていく。
二人はすぐに手を離し、罰を受けた生徒のようによそよそしく夜空を見上げた。周囲の皆がすべてを知っていて、囃し立てているかのような、くすぐったい居心地の悪さがそこにあった。
――このあと、二人はきっと、付き合うことになる。




