39話
祭りの終わりを告げるように、その夜を境に三人の足音はぱたりと途絶えた。
都内有数の進学校に通う駿は勉学に追われ、音楽専門の学校に進学した詩亜もまた、五線譜漬けの日々を送っているらしかった。気づけば一人。自分だけが皆の乗る列車に乗り遅れ、無人のホームに取り残されたような虚しさが募った。
それでも、世界は少しずつ形を変えていった。
きっかけは、駿だった。
東京へ戻った駿は、まめに連絡をくれる。携帯の画面に浮かぶ、短くも律儀な言葉たち。元気にしてる、最近はどう、と届くメール。返事を打つのが億劫な夜もあったけれど、その名前を見るたび、あの屋根に降り注いでいた熱を思い出した。
ただ、どうやら駿は、詩亜とはより濃密なやり取りを交わしているらしかった。
『こないだ駿から聞いたんだけどさ』
詩亜から電話がかかってくるようになったのも、その頃からだ。最初は駿を介した又聞きばかり。駿が言っていた、駿がそう話していた。まるで彼が、二人の間にそっと糸を通しているようだった。
正直、嫉妬した。
けれど、その糸を手繰り寄せるうちに、いつの間にか駿を挟まなくても、詩亜と言葉を交わすようになっていた。
他愛のない話。今日あった出来事、くだらないテレビの感想、明日の天気。用件なんて何ひとつない。それなのに、気づけば一時間も二時間も携帯を握りしめている自分がいた。
画面の向こうで詩亜が笑う。その気配を感じたくて、何でもない言葉を必死に探していた。
だが、それは長くは続かない。
高校入学と同時に手にした携帯だったが、通話料金という冷たい現実が、夜な夜なの会話を阻む。何度も請求額が五万円に達し、母親にこっぴどく叱られた。
それからはメールが主となった。
一通、十円弱。一通ごとに財布の中身が、音もなく削られていく。バイト代の大半は、見えない電波への通行料として霧散した。
それでも、毎晩、誰かと繋がっていたくて、我ら学生は、ある必殺技を編み出した。
――ワン切り。
コールを一回だけ鳴らし、即座に切る。ただそれだけの行為に、想いを託す。履歴に残った四文字の『着信あり』が、無言の合図になった。
朝の七時台ならおはよう、放課後なら帰るよ、深夜であればおやすみ。
言葉を介さない、淡い交信を繰り返していた。
そして、とある晩のこと。
いつもの時間に、詩亜からワン切りが届いた。
ただ、その日は――ほんの少しだけ、長かった。
着信を取ってしまえば、料金が発生する。だからこそ、ワンとツーの、その間の一秒に、胸が騒ついた。
何かあったのだろうか。それとも、もう少しだけ、長く繋がっていたかったのか。
いろいろ考えた末に、一丸もまた、同じだけの長さで鳴らした。
ほんの、少しだけ、長く。
液晶の履歴に残るのは、『着信あり』という文字だけ。音も、声も、文章もない。
それでも不思議と、気持ちだけは届く気がしていた。会えなくても、話せなくても、毎日ふたりは、繋がっている。
手のひらの画面の向こう側には、確かに、彼女がいた。
そして季節は、柔らかく巡っていく。




