37話
駿とは他愛のない悪口を投げ合い、互いの服装や髪型を触れてはふざけ合う。そんな風に言葉を交わすだけで、世界の全てが自分たちの手の内にあるような気がした。
「やっぱ、駿だよな」
あの頃の、何も怖くなかった自分に帰り着く。
「高校の奴らとは、いまいちノリが合わないんだっ
て」
「それは光栄です」
軽口を叩き合う二人に、詩亜がくすりと笑った。
「駿、すごいんだよ! 国立の進学校、通ってるんだって」
空になった容器を指先で押し潰しながら、駿は「すごくなんかないよ」と短く応じる。几帳面にラベルを剥ぎ、空気を抜いて形を整えるその手つきは、どこか儀式めいて見えた。
「そういや、丸ちゃんに貸したままのやつがあったね」
言葉の記憶を辿れば、貸し借りしたままの漫画や服が、いつの間にか互いの生活に馴染んでしまっていたことを思い出した。
「あー、ごめん。それ、そこにあるわ」
本棚の一角を指差すと、「借りパクじゃん」とトン子が茶化し、詩亜は「超、意外」と呆れたように口角を上げた。
「あんなにいつも、二人でいたのにね」
詩亜の言う通りだった。
「丸ちゃん。『おれたちは自転車族だからとか』、言ってたし」
確かに駿とは、最寄り駅から六駅先の南船橋にある屋内スキー場『ザウス』まで、無鉄砲にペダルを漕いだことがあった。あの頃の熱は、今ではもう、季節外れの人工雪のように、触れれば溶けてしまう幻だ。
その時、外で何かが爆ぜた。花火大会が、始まったようだ。
「丸ちゃん、いい?」
トン子が立ち上がり、カーテンをめくって窓を開ける。
日はとっくに落ちていた。部屋の明かりを消すと、四人は肩を寄せ合うようにしてベランダへ顔を出した。港の空が、藍色から深い紺色へと沈んでいく。中学の頃と、変わらない眺めだった。
ひゅるる、と最初の一発が、夏の夜空を引っ掻いて昇っていく。
間を置いて、どん、と腹に響く音。大輪の光が、夜空に咲いて、散った。
「ウケる」
トン子が子供みたいに声を上げる。その赤い坊主頭が、花火の放つ光を浴びて、黄色や青に染め上げられていた。
「相変わらず、ここの特等席は最高だね」
詩亜が、ベランダの手すりに頬杖をついて言った。その横顔が、光の上がるたびに、ぼうっと浮かんでは、また闇に隠れた。
一丸は、花火よりも、その横顔ばかりを盗み見ていた。
光が咲くたびに、詩亜のまつ毛の影が、頬に落ちる。中学の頃はこんなにも、まじまじと見たことなんてなかった気がする。いや、本当は見ていたのに、何も気づかぬふりをしていただけだ。




