28話
--え、何で⁈
駿が一丸の身体を庇うように覆い被さってきた。
無防備なその背中へ、容赦のない蹴りが打ち込まれるたび、駿がぐっと息を堪える。その必死な姿が一丸の目に焼きついて離れない。
駿は空手の有段者の黒帯だ。その気になれば、連中など瞬く間に制圧できる実力がある。けれどただの一度も抵抗しようとはしなかった。
どうして。
声にならない問いは、ほとばしる痛みによって掻き消され、どこにも届かない。
すると、遠くから笛の硬質な音が響いた。続いてパトカーのサイレンが、凪いだ夜の空気を掻き立てる。旋回する赤い光が、冷え切ったフェンスの境界をなぞるようにして走った。
誰かが「やばいぞ!」と怒鳴り散らすと、それを合図に乱雑な足音は一斉に遠のいていく。
あとには、砂の上で重なり合う二人の姿だけが取り残されていた。
「丸ちゃん、立てる?」
ここで警察に見つかるわけにはいかない。投げ飛ばされた拍子に足を挫いた一丸は、思うように身体を動かせない。
事態を悟った駿が、何も言わずに肩を差し出した。一丸は力なくその温もりに縋り、足を引きずりながら必死に公園を抜けた。
行く先には、幾棟もの高層マンションが巨大な弧を描いて並んでいる。ガーデンタウンと名のついたその一帯は、植え込みや木立がやたらと多い。街灯の光も届かない木陰に、二人は崩れ落ちるように身を隠した。
倒れ込んだまま見上げれば、木々の隙間から、ものものしい建物の窓明かりが、夜の帳の中に点々と灯っている。秩序だって並ぶその光景が、あまりに平穏で、見上げる星よりも遠い場所に感じられた。
全身で疼く痛み。その熱が今の自分の居場所を知らしめる。呼吸を整えようとしても、乱れた鼓動は収まってくれない。どこから力を注げばいいのか、迷子になった心だけが空回りしていた。
しばらくの間、二人の荒い息遣いだけが、夜気の中で重なり合っていた。
「駿、どうして来たんだよ」
ばつが悪そうに、駿はえへへと笑う。
「丸ちゃんの家に行こうと思ってたんだ。そうしたら、びっくりしたよ。丸ちゃんが喧嘩してるからさ」
「……何で、やり返さなかったんだよ」
問いかけながら、答えはわかっていた。空手の道場で叩き込まれた掟。習った技は、人に向けてはならない。
そんなもの破ってしまえばよかったのに。こんな時くらい。
けれど、その言葉を口にすることはできなかった。それは、本人が誰よりもその重みをわかっているはずだから。




