26話
追いかけながら、後ろ姿を冷めた目で見ていた。
逃げる四つの背中は、すぐにばらけて消えていく。こいつらは何なんだろうか。おれへの腹いせか。それともただ欲望を満たしたいだけなのか。
捕まえてどうする。相手の目星は何となくわかっていた。殴るのか、それとも警察に突き出すのか。その先にある答えは何も見えていない。
逸る気持ちはどうにも抑えられなかった。足の裏が激しく地面を打ち続ける。
自分自身がどうなっても構わない。ただ、詩亜を狙ったこと。その事実だけが、どうしても許せなかった。
一人だけ、逃げ遅れた影がある。街灯の下を横切る瞬間、金色の髪が鈍く光を放った。
あれだ。あの先輩に違いない。
逃げ込んだ公園で、相手の足がふと止まる。
奥はフェンスで行き止まり。砂場と、錆びついた鉄棒。さっき見かけたブランコが揺れている。行き場を失った背中を、一丸は逃さない。
肩を上下させながら、金髪がゆっくりと振り返る。血の気のない白い顔が、公園の薄明かりによって幽霊めいて浮かんでいた。
日ごろから一丸に蹴りを入れてくる、あのバスケ部の先輩。矢刃だった。
追ってきたのが一学年下の一丸だと気づくと、矢刃は長い髪を揺らして薄く笑った。
「ああ、お前か。ちょうどいいわ」
その一言が、感情に火を点ける。
自分に対する理不尽な弄り。詩亜の浴室に差し込まれたカメラ、そして幼馴染の悲鳴。全ての出来事が繋がり、腹の底が煮えくり返るような気がした。
「……お、おまえ、何なんだよ」
震える声は、激情によるものか、あるいは恐怖によるものか。自分でも分からなかった。
「何で詩亜なんだよ?」
「ああ」と零し、ニヤついた矢刃の顔は、きっと一生、網膜に焼き付いて消えないだろう。それほどまでに深い吐き気を催す。
「あの女、幼馴染なんだろ? お前と揃って調子に乗ってるみたいだからよ。全裸の写真ばら撒いてやろうと思ってな」
インスタントカメラを掲げた矢刃は「見るか?」と嘲笑を浮かべ、ははははと、人をなめ尽くしたような笑い声を上げる。
「ああ、お前は何度も見てるから興味ねーか」
「ふざけんなよ! おれが何したんだよ」
一丸の脳裏に、かつての記憶が過る。バスケ部へ入部したばかりの頃、一番親身になって教えてくれたのは他でもない、矢刃だった。先輩の家へ招かれ、肩を並べてテレビゲームに興じた日々もあったはずだ。
矢刃は何も答えない。代わりに、今度は冷笑を張り付けた不気味な白い表情が、暗がりでもはっきりわかった。
一歩。靴底が砂を踏む音がした。
二人の間合いが、決定的に縮まった。




