22話
「やめてください」
気づけば、足が一歩前へ踏み出していた。
「暴力で解決しようとするなら、さっきの先輩たちと何も変わらないじゃないですか」
閉ざされた部屋が、しんと静まり返った。
「……な、生意気なことを言うな」
髭もじゃの顔が、みるみる赤く染まっていく。
「提出物もろくに出せないやつが、大層な口をきくんじゃない。このままだと進学させないからな」
提出物、進学。その言葉をゆっくりと咀嚼してみる。この教師は、それで自分を黙らせられるとでも思っているのだろうか。
教師だから偉いのか。正しいのか。それとも大人というだけで許されるのか。
答えは出ない。ただ、腹の底で我が友『悪丸』が煮え繰り返そうとしているのがわかる。以前、自転車を蹴り飛ばした時に感じたもの。瞬きの一瞬に訪れる、あの黒い衝動。理屈よりも先に体が動こうとする、どうしようもない奴。
視界の端に、詩亜の横顔が映る。
わがままで、自己中で、思ったことをすべてぶつけてくる女。腹が立つことも多い。それでも、幼馴染としてずっと一緒にいたからか、隣にいるだけで、暴れる感情がすうっと静まっていく気がした。
頭の中で、この瞬間的な悪魔をそっと小突いてやる。落ち着け。
「提出物は出します」
それだけを告げる。
髭もじゃは何かを言いかけて、口を閉じた。これ以上何か言うものなら、校長先生を呼びに行こうと思っていたが、その必要はなさそうだ。ひとまず乗り切った。
廊下に出ると、二人を急かすようにどこかから予鈴が鳴り響いた。しばらく、言葉を交わさずに並んで歩く。
「丸ちゃん」
「何?」
「……ありがと」
詩亜にしては珍しく声が小さい。
「詩亜」
「何?」
得意な調子で一丸は言った。
「さっきの、よかった」
詩亜は前を向いたまま、口の端をわずかに持ち上げて笑う。
「そういえば、今日って木曜だよな」
「そうだけど。それが何かあるの?」
一丸はしばらく何も言わなかった。廊下の窓の外を、ぼんやりと眺めながら。
「渡る世間は鬼ばかり、だな」
「は? 何? テレビドラマ?」
詩亜は呆れながらも、歩幅を緩めはしなかった。
「意味わかんないんだけど」
いつもの詩亜だ。少し安堵した。
五限目の終わり、チャイムが鳴る。さっきの一悶着などなかったかのように、担任は淡々とホームルームを終わらせた。教室を出ると、足は自然と詩亜のクラスへと向かっていた。
ドアの前でトン子と鉢合わせた。
「あ、丸ちゃん」
気持ちは同じだったらしい。次々と生徒が廊下へ流れ出ていく中、二人で詩亜の元へ向かった。あっという間に、教室の中は三人だけになった。




