21話
騒ぎは、凪のような静けさの中に消えた。
「……何なんだよ、あいつら」
詩亜の呟きが、乾いた空気を揺らす。
「超むかつくんだけど」
投げやりに放たれた言葉には、不思議と熱がこもっていない。詩亜は三年の男子生徒と交際していたらしい。その関係を疎ましく思う上級生たちに、目をつけられていたのだとか。
廊下へ足を踏み出すと、くたびれたジャージ姿の男が立ち塞がった。担任の教師だ。
いつからそこにいたのか、髭もじゃは腕を組んだまま、ねちっこい視線で二人を凝視した。腹の圧に抗い切れず、半端な位置で止まっているチャックも相変わらずだった。
連れて行かれた生徒指導室で、教師は二人を立たせたまま、再び腕を組む。染みついた煙草の香りが、逃げ場のない室内で鼻をついた。
「お前たち、三年の階で何をしてた?」
不貞腐れた一丸は口を開く。詩亜が絡まれていたこと。殴られる寸前で、自分が止めに入ったこと。
順を追って説明する言葉を、髭もじゃは微動だにせず聞き続けた。天井を一瞥すると、深く息を吐いた。
「お前たちがどういう経緯でそこにいたかは、今は関係ない」
胃の底に冷ややかな何かが落ちる感覚があった。
「違う学年の生徒と騒ぎを起こしたのは事実だろ。またおれの学年から問題を出すわけにはいかないんだ」
また、という言葉が、胸の内でしこりのように居座る。岸本のことを指しているのだろう。
「それから」
髭もじゃの視線が、詩亜の髪に止まった。
「遠江。その髪、いつまでそのままにしてるんだ。何度言えばわかる」
「前に言いましたよね? 地毛です。それに担任の七瀬先生の許可はもらってます」
「七瀬先生は生徒に甘すぎて困ってるんだ。まだ若いし女性というのもあるけどな」
学年主任という立場に縋るように、髭もじゃの声が荒らげられる。
「地毛だろうが何だろうが、目立つ格好をしていれば上級生に目をつけられる。おまえ自身が招いている部分もあるんじゃないのか」
それだけでは足りないとでも言いたいのか、髭もじゃは「それにお前」と言い残してから、今度は詩亜の足元へと視線を移した。
「そのスカートの丈も短くしてるんじゃないのか? そうやって男をたぶらかせるようなことをするから、トラブルに巻き込まれるんだ」
隣で、詩亜の小さな拳が小刻みに震えていた。
「どうせお前のことだから下着なんかも校則違反してんだろ。ほれ、見せてみろ。今、先生が確認してやるから」
「いやいや、それはおかしいって先生」
前からヤバいとは思っていたが、これほどDQNな奴だとは思わなかった。思わず一丸は反射的に腕を伸ばし、太った髭面の教師の前に体を割り込ませた。
その背中越しに詩亜が声を上げる。
「だったらまず、先生のその不衛生な髭をなんとかしたらどうですか? 超汚いし」
言われた髭もじゃの目が一瞬、泳いだ。
「な、なんだと?」
「それと、いつも着てるそのジャージ。そのダサい服装もどうかと思いますよ。そのボロサンダルも。誰がどう見ても、生徒よりだらしないと思いますけど」
「何だ、その態度は! 先生に向かって」
激昂と共に、髭もじゃの手が空を割った。詩亜の頭を叩こうとしている。




