20話
その後を追うようにして、一丸は一人で教室を出た。
--何を理由に帰ろうか。
いや、逃げるのは何か嫌だ。悪いことをした覚えなどない。なら、堂々としていたい。
心とは裏腹にチグハグした足取りとしばらく格闘した結果、詩亜を探すことにした。校庭だろうか。どこの教室にも面影はなかった。
ぐるぐると廊下を歩き回ったが、上級生の目を掻い潜ったせいで、校舎の端まで来てしまった。
体育館の扉が開いていた。
数人でバスケットボールをしている。その中に、弾ける笑顔があった。牧野だ。こちらには気づいていない。一丸は視線を落として、その場を離れた。
昇降口へと向かい、靴を履き替えかけたその時だった。詩亜のクラスメイトが、息を切らして駆け込んでくる。
「株田君、やばいって、詩亜が!」
予感は嫌な音を立てて的中した。脳裏に岸本の腫れ上がった顔が重なる。
向かった先は、二階の三年生女子トイレ。男が足を踏み入れてはならない領域だが、羞恥など消し飛んでいた。タイル張りの空間に、場違いな足音が硬く反響する。
「こいつ、シメようぜ」
五、六人の上級生たちに囲まれる詩亜。茶髪にピアス。安っぽい殺気を漲らせた連中が、詩亜を壁際に追い込んでいる。
「おまえ、超むかつくんだけど?」
詩亜の髪が乱暴に掴まれる。
「何だよ、その髪の色。ちょづいてるんじゃねーよ」
一丸は一瞬、引っかかりを覚えた。不自然に短く詰めたスカート、過剰に派手な化粧。どう見ても、いい気になっているのは先輩たちの方ではないか。そんな理屈が通る世界ではないと理解していても、憤りは募る。
けど手はお構いなしに上がる。詩亜の顔に向かって。
咄嗟に割り込んでいた。
振り下ろされた手首を掴んで止めると、骨ばった細さと、塩素に混じった香水の匂いが鼻を突いた。
「ああん? 誰だてめえ」
至近距離の睨みには、凄みがあった。
それが、「え、……って、あれ? 株田くんじゃん」と先輩の表情が固まった瞬間、張り詰めていた空気が一瞬でしぼんだ。
そのあとは、何を言って頭を下げたのかは覚えていない。だけど、先輩たちの反応は拍子抜けするほど甘いものだった。
「なーんだ、株田くんの連れ? 言ってよ~」
「超ごめんね? 怪我ない?」
掴んでいた手を離すと、今度はその手で頬を撫でられた。敵意が粘度のある好意へとすり替わった。
一丸が上級生の間で『格好いい』と噂されていたことが、皮肉にも功を奏した形だった。




