19話
「超ウケる」
昼休み、教室にやって来たトン子が机に寄りかかり、興味津々といった様子で覗き込んできた。
「で、結局どうなったの?」
返事はなかった。一丸は倒れ込むように机に頬をあずけたまま、窓の外へぼんやりと視線を投げていた。
「詩亜もあちしに何も教えてくれないしさ」
特段、何があったわけではない。ただ些細な意見の食い違い。あれから半月という時間が過ぎ去ったのに、詩亜と駿との間には、埋めがたい溝が横たわっていた。何かが変わったわけでも、喧嘩をしたわけでもない。なのに、どこかがずれたまま。
それに、あれからというもの毎日のように不幸が続き、一丸の心はすっかりいじけていた。
変わったのは、季節が深まるばかり。
「三人で気まずいとか、勘弁してほしいんだけど」
「……何もないって。別に、喧嘩したわけではないし」
「何もないとか、ウケるんだけど」
「ウケるよな〜」
「でも、丸ちゃんって学校にはちゃんと来るから偉いよね」
「母親が、学校だけはきちんと行けってうるさいからな」
皆勤賞を狙うなんて、何の意味があるのか理解できないが。
だらりと頬をつけたまま呟く一丸を、トン子は呆れたように見つめ、「丸ちゃんも大概だよね」と笑った。
顔を上げると、改めてトン子の制服姿が目に入り、言葉を失う。その屈強な佇まいと揺れるスカートの対比は、いつ見ても独特な違和感を放っている。
「丸ちゃんも詩亜も頑固だからね」
頑固という言葉に、今朝の占いがふと脳裏を掠めた。
蠍座、十二位。
自分のスタイルを貫くことが大切。おまじないは、空。
ラッキーアイテムは、抹茶アイス。
「コンビニに抹茶のアイスって売ってたっけ?」
「は? 何、急に。超ウケるんだけど」
トン子の声が教室の空気に混ざり合った、その瞬間だった。波打つように、教室内が騒然と色めき立つ。
「え、どうしたの?」
「何、何、何があった?」
「大丈夫か?」
クラスメイトたちがざわつく中、顔を腫らした岸本が入ってきた。すぐにそれが何によるものか察せられた。一目瞭然だった。岸本が、ボコられて戻ってきた。
目に涙を溜め、足を引きずる岸本。取り巻きに肩を支えられるその姿は、痛々しいほどに惨めだった。ここ最近、髪を茶色に染めて上機嫌だったのが、上級生の逆鱗に触れたのだろうか。二の舞いになるのだけは御免だ。
そんな光景を前に、トン子は微塵も驚く様子を見せず、ただ「超ウケる」と言った。
「トン子……おれ帰っていい?」
冗談交じりの声だが、いよいよ笑えない。一丸は、家に帰る算段を慌ただしく巡らせていた。その時、廊下から女子生徒の呼びかける声がした。
「トン子ー、次、移動教室行くよー!」
「丸ちゃん、あちし行くわ」
「ま、まじ?」
「何かあったら、あちしも参戦するから」
この世は戦国か。トン子の後ろ姿を眺めながら、一丸はぼんやりとそんなことを思っていた。




