18話
ただでさえ険悪だった部屋の空気を、自分のせいで余計に悪くしてしまった。けれど、駿にも誰かを想う気持ちがあるのだと知り、少しだけ安堵した。その理由はいまいちわからなかったが。
背後のベッドから、「バカなんじゃない?」と、詩亜の冷ややかな鼻笑いが届く。
「丸ちゃんって、ほんとバカ」
開いたページから目を離さないまま、詩亜は小さく吐き捨てた。
「何がだよ」
勉強しなさい、と言われているみたいに、馬鹿だとわかっているのに馬鹿だと言われると何かムッとするものがあった。
「全部。鈍いし、デリカシーの欠片もない。丸ちゃんって昔からそう。超鈍感」
その自覚はなかった。でもそこまで言われる筋合いはない、と言葉を返す。
「詩亜にだけは言われたくないな」
「私は別にいいの。女だから」
女の自覚なんてあったのか、という言葉を辛うじて飲み込んだ。今、それを言えば取り返しのつかない大惨事になる。
詩亜はパタンと本を閉じると、静かに一丸の方へ視線を巡らせた。
「丸ちゃん、本当にツーちゃんのこと好きなの?」
まっすぐな問いを投げかけられると、途端に思考の輪郭がぼやけてしまう。脳裏に浮かぶのは、あの黄色いヘアピンだけだった。好きなんて言葉は、まだ雑誌の占い結果を信じ込んでいるような、頼りない手触りしか残していない。
「……い、いいだろ。おれが告白されたんだから」
「ふうん」
ゆっくりと立ち上がると、詩亜は開いた窓枠に手をかけた。
「ちゃんとしなよ」
それだけを夜気に紛れ込ませるように言い残し、ベランダへと消えていった。
二人だけが取り残された部屋は、深い海の底のように静まり返る。
一丸は重い足取りで窓へ近付き、サッシを閉めて、冷たいクレセント錠をカチリと回した。その金属のひんやりとした感触が、自分の中の馬鹿げた熱を冷ましていく気がした。
「ごめん、僕のせいで……」
駿の消え入りそうな声が、そのまま夜の闇に沈んでいく。
「いや、気にすんなって」
努めて明るく返したけど、声が少し空回りしているのはわかった。全部、自分のせい。牧野のことで、ただ浮ついていたのだ。
「丸ちゃん。もう、僕も帰るね」
「そ、そうか」
引き留める言葉も見つからず、わずかに頷くことしかできなかった。
窓が閉まり、鍵の回る小さな音が静かに響く。駿が何かを言い残すことはなかった。
「なんだよ、みんなして」
ぽつんと呟いた。布団に転がり、天井を仰いで、せっかく今日の運勢は一位だったのにな、と思う。
牧野のことを考えようとした。黄色いヘアピン。飴色の髪。告白の時の、あのまっすぐな目。
でも、浮かんでくるのは詩亜だった。
独りぼっちの部屋は、急に広く感じる。
--なんか、幸先悪いな。
ゲームのオープニング曲が、テレビから虚しく流れている。帝国華撃団に、走れ、唸れ、と背中を押され、それが一層、部屋の広さを際立たせた。




