121話
ドアの向こうで再びチャイムが鳴らされた。
ピンポン。じゃないわ。
観念して、もう一度ドアを開けた。
「何で閉めんの」
ぶすっとした顔のまま、詩亜は当たり前のように靴を脱いで上がり込んできた。あまりに自然な振る舞いに、一丸も言われるがまま道を空けてしまう。
背後でドアが閉まる音を聞いて、ようやく我に返った。
「お、おい。待てって」
頭の中で追いつかない。どうして詩亜がここにいるのだろう。
それに、その格好は一体何なのだ。
白色のドレスには星屑を散らしたようなビーズが縫い付けられていて、エレガントという言葉をそのまま形にしたようだった。舞台用の濃いメイクのせいもあって、玄関ドアを開けた瞬間は、どこかの女優が立っているのかと思ったほどだ。
まさか……。
昔見たドラマの名シーンが浮かぶ。
「詩亜、お前。もしかして。結婚式場、抜け出してきたのか?」
「は? 何言ってんの」
詩亜は呆れたように眉を寄せ、あっさりと言った。
「ピアノのコンクールの帰り」
「何で詩亜が、おれの家知ってんだよ」
「前に、丸ちゃんのお母さんから聞いてたから」
それより、と声にした詩亜は、不服そうに顔をしかめる。
「何でいつも電話出ないの。何度もかけたのに」
「あー悪い。寝てたわ」
番号を消したことまでは言えるはずもない。詩亜もそれ以上は訊いてこなかった。
「ていうか、何でエレベーターないの? 五階とか何考えてんの」
詩亜が胸元を手でぱたぱたと扇ぐ。
「この家、クーラーないの?」
汗で湿った白い生地が背中に張りつき、うなじには濡れた後れ毛が垂れていた。ドレスの内側からは、香水とも汗ともつかない甘い熱気が立ちのぼり、部屋中に広がっていた。一丸は目のやり場に困った。
「馬鹿野郎。あるけど付けたらおれが寒いわ」
「まあいいや。ならお風呂貸して。さすがにあるでしょ」
詩亜は手にしていた紙袋を掲げて見せて、着替えは駅ビルのユニクロで適当に買ってきたとだけ言い残して脱衣所へ向かっていった。
あの格好のまま店に? というよりドレス姿のままここまでやって来たのか? 一体どこから。街中を走り回っている図を想像すると頭が痛くなった。
ほどなくしてシャワーの音が聞こえてくる。
一人きりになった部屋で、テーブルに放られた詩亜のバッグの隙間からは、見覚えのあるベージュのキーリングが覗いていた。
タオルを持って脱衣所へ向かう。このままの勢いだと裸のまま上がってきかねない。
脱衣籠の上には無造作に脱ぎ捨てられた白いドレスと、その上にまだほかほかと温もりの残る下着が載っていた。
清楚な白いドレスの下に、こんなにも真っ赤な下着を穿いているなんて客席の誰が想像しただろう。そう思うと少し興奮した。激しく戦った証なのか、熱気漂うそこからは、その余波のような気配を感じる。
さすがに匂いはきつそうだ。触れるのは野暮ってものだろう。
水音の響く浴室に向かって声をかける。
「詩亜ー。タオル置いとくぞー」




