120話
外を歩いたせいか、布団に横たわっても頭が妙に冴えている。センター長の言葉も、あながち間違いではなかったのかもしれない。ただ、これでは体を休ませるどころではなかった。寝返りを打っても眠気は、ちっとも訪れてはくれない。
僅かに開いていたカーテンの隙間をきっちりと閉め直し、もう一度仰向けになると、枕元で携帯が甲高い音を立てた。一丸は当然のようにそれを無視する。
話したくない相手の連絡先は、片っ端から消していた。だが消してから後悔した。誰からの知らせなのか、確かめる術がなくなったからだ。手放したはずの名前は、見覚えのない数字の羅列に姿を変えて戻ってきただけだった。
指を折って数えてみる。営業時代の上司、劇場の知り合いたち、数か月前にこの部屋を出ていった彼女。それから――
そこで、数える指を止めた。
電子音は途切れ、しばらくしてまた鳴り出した。そして、不意に収まる。訪れた静けさの中で、いつだったかセンター長に言われた言葉を思い出していた。
『何だっていいんです。生きてさえいれば、いつでもやり直せますよ』
やり直す、か。
こんな一人きりの世界の端っこで、そんな淡い期待を胸に目を閉じた。
--誰だよ、こいつは。
着信音で目が覚めた。
カーテン越しの傾いた日差しで、だいたいの時刻はわかった。そのまま放っておいた携帯の着信音はそのうち途切れた。
淡い期待とやらは眠っている間にどこかへ消えていた。体が怠い。洗面所で歯を磨き、顔を洗っても、頭の奥の鈍い重さは居座ったままだ。
こうなることはわかっていたことだった。それでも一睡もせずにハンドルを握って事故でも起こすわけにはいかない。できることなら寝ないまま仕事に行ってしまいたかった。
タオルで顔を拭っていると、玄関のチャイムが鳴ったが息を潜めてやり過ごす。
けれど、もう一度、鈍い金属音が響いた。
しつこいな。二度も鳴らしてくる奴など珍しい。新聞の勧誘だろうか。
そう考えている間にも、三度目の音が部屋に伝わってくる。ここまでくると気味の悪ささえ覚えてくる。
元彼女だろうか。残していったヘアゴムでも取りに来たのかもしれない。もしくは、警察という可能性もある。ソリーの件もある以上、いずれ何かしらの聴取はあるはずだった。さっきからの不審な着信も、あるいは--。
息を止めて様子を探っていると、今度はチャイムが途切れなく連打され始めた。
あー、うるせえな。誰だよ、まったく。人様のチャイムを壊すつもりか。
しまいにはドアを叩く音まで加わった。一度や二度ではない。拳で何度も打たれ、蹴りまで入れられているのではないかと疑うほどの執拗さだ。ドアまで破壊するつもりか。
叩く音に重ねるように、またチャイムが鳴った。
「はい」
返事などお構いなしなのか音は鳴りやまない。
「はい。今、行きます」
一体、誰だ。借金取りか何かか。
苛立ちを隠せないまま玄関へ向かい、仕方なくドアを開ける。
「どちら様ですか」
元彼女だった。視線がまじまじと合って、一丸は反射的にドアを閉めた。




