109話
少し疲れた。駅のホームの椅子にもたれ掛かる。
肩を落とし、息を吐き出して感じたのは、人が一人死んだのだという確かな重みだった。
同じだけの時間を生きてきたはずの人間は、もうどこにも存在しない。今になってようやく身に沁みる。
--本当に死んだんだな。
どこかでそう思いながらも、心の一部はまだ、遠い世界の出来事のようでもあった。
反対側のホームへ入ってきた列車の風が、喪服の裾を揺らす。構内の案内アナウンスが、携帯の呼び出し音を遮る。それでも耳奥では、一定の間隔で呼び出し音が繰り返されていた。
十回まで数えてから、一丸は通話を切った。
二つ折りの携帯を閉じる寸前、思い直して履歴を確かめると、そこには『反園』という文字が並んでいた。昼前と、夕暮れ時、そしてほんの先ほど。
ソリーが一日に何度も電話を寄越してくることは今まで一度もなかった。飲みの誘いなら一度で足りるし、電話に出なければ、それきり忘れてしまうような奴だ。前に会った日からずっと着信を無視している腹いせとも考え難い。
勤め帰りの時間と重なったためか、駅をいくつか経るうちに、車内はいつの間にか熱気に満ちていた。扉が開くたび押し寄せる人波に背を押され、一丸は扉の脇から車内の奥へと退がる形になった。
続く停車駅でも、人の厚みは増していき、重なる肩や背に挟み込まれ、身動きが取れなくなった時には、もはや身体の向きを変えることすら叶わなくなっていた。
車窓から見える景色は暗く、ガラスには車内の光と、暗い顔で俯いた人たちの姿が映り込んでいた。三途の川で呆然と立ち尽くす、死にゆく亡霊たちにも見える。
何だか息苦しかった。ぎゅうぎゅうと暑苦しい人たちのせいだろうか。喉の奥が削られて狭くなったような感触もあった。
--これはマズイ。
咄嗟に、いつものように目を閉じて、息を整えようとした。
--落ち着け。
無理に言い聞かすも、吸い込んでいるはずの息が胸の底まで届かない。何度も吸い直してみても、入ってこない。心臓が一人でに速くなって、耳の辺りで熱を持って響いてきた。背中には冷たい汗が伝い、指先は冷えきっていた。
--どうして、おればっかこんな目に。
これは本当に笑えない状況なのかもしれない。生命の危機を感じる。
助けを求めようと目を開けたが、隣に立った男と目が合った。そのしらけた視線に気づいた時、心臓がもう一段、ドクンと跳ね上がった。




