105話
改めてレンタルショップへ来た理由を訊けば、随分と前に口にした、ビデオ屋に通っているという話だけを頼りに、バイクを走らせたのだと言った。
樹里は誇らしげに胸を張って「それで来てみたら、大当たり」と小さな笑みを浮かべる。
好きな映画の話になると、激しいバンドのライブに通っているくせに、甘い恋愛ものに弱いという意外な一面を覗かせる。去年話題になった刑事ドラマの映画も、互いに借りて観ていたこともわかった。
その灯った熱を確かめるようにして、樹里は手にした缶を大げさに掲げる。
「――先輩。お台場のあの橋、封鎖しちゃいます?」
続いて口にされた有名な台詞の物真似はお世辞にも似ているとは呼べなかったが、笑いを噛み殺す一丸の口元からは、笑みが零れ落ちていた。
「そりゃ封鎖できねぇわ……」
二人はそのままレインボーブリッジを封鎖すべく、高速道路を駆け抜けた。
「橋、綺麗でしたね。一回走ってみたかったんすよ。一人で高速乗るの、まだ怖くて」
帰り道に立ち寄った隅田川は、夜の光を吸い込んでゆったりと揺れていた。ふと吹き抜けた風が、ほんのりと湿った水の匂いを運んできた。
川沿いの柵に背をもたせかけた樹里が、「先輩、捕まってよかった」と目を細めた。そして再び水面を見つめ、ひとつゆっくりと息を吐き出す。
「先輩、さっきのジュースごちでした。懐かしいっすね、ジューじゃん」
劇場で働いていた頃、休憩時間に仲間内でよくジュースじゃんけんをしていた。樹里は決まってチョキを出す癖があり、あまりの弱さにわざと負けてやったことも一度や二度ではない。
「楽しかったっすよね」
独り言のように呟かれた声が、暗い川面へ染み込んでいって哀愁を誘う。あの頃は誰もが夢の途中にいて、まだ熱量の中にいた。
「まだ昼間の仕事、探してるんすか?」
どうやら樹里にも心配をかけてしまっているらしい。
「ドライバーの仕事、紹介したのうちなんで、これでも責任感じてるんすよ」
真面目な顔でそんなことまで言い出す始末に、今抱えている事情を打ち明けるべきか迷ったが、一丸は「もう、探してない。中途採用の行く末なんて、どこも似たようなものだからな」と端的に答え、それ以上はやめた。
「まあ、うちも日中の普通の仕事したいとは思ってるんすけどね」
水面へ視線を投げながら、樹里が呟く。
「現実は、厳しいっす」
珍しく零れた愚痴に、樹里もまた抱えきれないものを背負っているのだと知る。深夜のドライバーなんて墓場のようなものだと、いつか語っていた言葉が思い出された。
「ていうかこの前、原田さんに会いましたよ」
原田は劇場時代の同期にあたる。
「なんか先輩が貰ったあのギター、まだ控室にあるらしいっすよ」
「マジかよ」
「先輩はまだあの劇場で、伝説みたいっすよ」
一丸にとっては思い出したくもない記憶だったが、樹里は可笑しそうに会話をつなぐ。
「しかもあのジジイの役者、まだ健在みたいっすよ。よくやりますよね、そこそこ名前知れてんのに」
「知るか」
そっけなく返した。
あの日、ギターを口実に楽屋へ呼び出され、嫌な目に遭わされたこと。当時は仲間内で無理やり笑い話にして消化していた過去も、今となっては苦い思い出となっていた。
樹里が「あ」と短い声を上げ、ポケットから携帯電話を取り出した。
「先輩、mixiやってます? そういえばこないだ、原田さんからマイミク申請きてたんすよね」




