103話
株田一丸
消し忘れたテレビから、昼下がりの街を賑わす辛口ファッションチェックの声が聞こえていた。画面ではオネェ系の兄弟が二人で、得意の毒舌を遺憾なく発揮し、通行人の服装を遠慮なく爽快に斬っている。
起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。この番組が流れるたびに、またまともな時間に起きられなかったという自責の念が込み上げてくる。そのまま二度寝して、次に目を開けた時にも、おネギとピーマンの独特なオネェ系の甲高い声は、耳の奥にしっかりと残っていた。
十月を過ぎたあたりから、思うように身動きの取れない日が増えている。今は週に二、三日ほど仕事へ向かうのがやっとで、それがかろうじて日常をつなぎ止めていられるぎりぎりの線でもあった。
――気にしなくて平気だから。
そう言って微笑むセンター長は、正社員への誘いを断った後も変わらず優しかった。シフトの融通が利く配送コースに変更しようか、とまで言ってくれていた。
ありがたさはわかっている。でも、それ以上に息が詰まった。今の自分に、どんな優しい言葉をかけられても、うるせぇ、と突っぱねる自信だけはある。
「株田君。一応、念のために緊急連絡先教えてもらえるかな?」
仕事終わりにセンター長に呼び止められる。大丈夫か、病院へは行ったのか、薬は飲んでいるのか。差し向けられる気遣いの大丈夫に、一丸は心の中で、自分は大丈夫だと、強がるように塗り重ねる。
「ご両親と連絡は取ってるの?」
「いえ、ほとんど」
「だったら、友達は?」
友達などいるはずもなかったが、いないと答えれば、また大丈夫? の一言が飛んでくるのは目に見えていた。
「まあ、何人か。付き合い程度ですけど」
思わず口をついて出た曖昧な返答の向こうに、樹里の面影が浮かぶ。けれど、その存在を友達と呼んでいいものなのか、よくわからなかった。それでもまだ切れていない、数少ない存在ではあった。
部屋へ帰り着くと、泥のように眠りにつく。一度目を覚ましても、重い瞼はすぐに落ち、二度寝の暗闇を経て、ようやく体を起こす。適当に何か腹に入れてから、大型の書店を併設したレンタルショップへ向かった。
いつからか人の気配や明るい時間を避けるような生活になっていた。深夜、ふらりと一人で出かけるのも、そうした逃避の形の一つだった。
誰もいないフロアで、何気なく新刊の棚を眺めてから、二階のビデオコーナーへと足を運ぶ。それが今の自分にとって、唯一の息抜きになっていた。
持ち帰ったDVDを再生し、画面の中で散っていく悲劇のヒロインに涙を流す。詩亜と二人で観た映画だった。心無い周囲のせいで、愛し合う男女が、それぞれ死を選ぶことでしか結ばれなかった物語。シェイクスピアが描いた、あまりにも有名な悲劇だ。
一丸はその哀しい世界観に酔いしれながら、頬を伝うものさえ、自分で仕立てた偽物の涙なのではないかと疑ってしまう。やがて頬が乾く頃には、胸を震わせた感動などどこにもなく、冷ややかな後味だけが残っていた。
そんな終わりの見えない夜を、毎日静かに繰り返している。




