少し近くて、まだ遠い
澪と付き合うことになってから、二週間が経った。
二週間。たったそれだけなのに、私の毎日は、少しだけややこしくなっていた。
何が変わったのかと聞かれると、正直、自分でもうまく説明できない。
学校では、相変わらず「白石先輩」と「宮下さん」。
廊下ですれ違えば、澪はきちんと立ち止まって、
「こんにちは、白石先輩」
と、いつも通りの声で挨拶をする。
周りに誰かがいる限り、何も変わらない。
でも、その「何も変わらない」が、逆に少しだけ、ぎこちない。
――私たち、付き合ってるんだよね。
頭では分かっているのに、実感はまだ、全然ついてきていなかった。
放課後、いつものように図書室で待ち合わせる。
澪は少し遅れてやってきて、私の前でぺこりと頭を下げた。
「お待たせしました、白石先輩」
「ううん、今来たところ」
それだけのやり取りなのに、どこかよそよそしく感じてしまう。
席に並んで座って、問題集を開く。
距離は、前と同じくらい。
でも、前と同じじゃない。
私は、横にいる澪をちらっと見てしまう。
澪は、少しだけ緊張した顔で、ノートを見つめている。
「……そこ、分からない?」
「え、あ……はい。ここです」
指差す仕草も、どこか控えめだ。
説明しながら、私は思う。
告白される前より、むしろ距離が遠くなってない?
勉強がひと段落して、澪は小さく息を吐いた。
「……ありがとうございました」
その「ありがとうございました」が、やけに他人行儀に聞こえて、胸の奥が少しだけざわつく。
「ねえ」
声をかけると、澪は少しびくっとして、こちらを見る。
「はい」
「……その、二人のときは、もうちょっと普通でいいよ」
「普通、ですか……?」
少し困ったように首をかしげる。
「付き合う前より、よそよそしくなってる」
そう言うと、澪は一瞬、きょとんとした顔をしてから、はっとしたように視線を逸らした。
「……す、すみません。なんか……緊張して」
「私もだけど」
そう言うと、澪は少しだけ驚いた顔をして、すぐに小さく笑った。
「……白石先輩も、なんですね」
「うん。澪のほうが落ち着いてるかと思ってた」
「全然です。ずっと……どうしていいか分からなくて」
少し間が空いてから、澪は小さな声で言った。
「……手、どこに置けばいいのかも分からないですし」
思わず、私は変な咳をしてしまった。
「……考えなくていいから」
沈黙が落ちる。
気まずい、というほどではないけど、どこか落ち着かない空気。
帰り道も、並んで歩きながら、いつもより少し距離が空いていた。
人目があるから、という理由だけじゃない。
お互い、どう近づけばいいか分からないだけだ。
校門の前で、澪は立ち止まった。
「……あの」
「なに?」
「……その……」
言いよどんでから、意を決したように言う。
「……紬さん、って……呼んでもいいですか」
一瞬、胸の奥が、きゅっとなる。
「……二人のときなら」
そう答えると、澪は少しだけ、ほっとしたように笑った。
「……紬さん」
その呼び方は、まだ少しぎこちなくて、でも、確かに前とは違う響きだった。
「……はい」
「……その……今日は、ありがとうございました」
結局、そこは変わらないんだ、と思って、少しだけ可笑しくなる。
「どういたしまして」
別れてから、家に帰って、私はベッドに座って考える。
付き合うって、もっと自然に距離が縮まるものだと思っていた。
でも実際は、どこに線を引いて、どこまで踏み込んでいいのか、毎日が手探りだ。
――それでも。
澪が私の名前を呼んだ声を思い出すと、胸の奥が少しだけ、あたたかくなる。
きっと、このぎこちなさも、いつかは笑って思い出す。
今はただ、少し近くて、まだ遠い。
そんな距離を、二人で確かめ合っている途中なのだと思う。




