『錦の御旗に逆らえし者――時代祭に現れぬ影』
十月、京都。
秋の陽光が斜めに射し込み、銀杏の葉が黄金色にきらめくなか、都の目抜き通りには、千年の歴史を再現する「時代祭」の行列が進む。
観光客は御池通の歩道にびっしりと並び、スマホとカメラを構えながら、その壮麗な光景に目を奪われていた。
織田信長、徳川家康、紫式部に巴御前。誰もが教科書で見知った、時代の表舞台を飾った面々が次々と現れ、そのたびに拍手と歓声が巻き起こる。
だが、その華やかな列のなかに、ひとつだけ決して加えられることのない存在がある。
新選組――幕末、血と誠の旗を掲げ、都を駆け抜けた剣士たち。
倒幕の流れに抗い、朝敵とされ、やがて賊軍の汚名を受けて散っていった男たち。
時代祭の列には、いまだ彼らの姿はない。
錦の御旗に逆らったその罪が、百五十年を経てもなお、彼らを“歴史の列”に加えることを許さないのだ。
■
その年の時代祭も、前日からの好天に恵まれた。
空は雲ひとつなく澄み渡り、比叡山の稜線がくっきりと見えるほどだった。
御池通の交差点では、人々が肩を寄せ合い、祭の通過を今か今かと待ち構えていた。
そして午後一時過ぎ、鼓の音を合図に行列が動き出す。
市民ボランティアたちが着る衣装はどれも本物さながらに緻密で、京の都に“生きた時代”がよみがえったようだった。
だが、幕末維新の列が通りかかったとき、奇妙な“間”が発生した。
「……あれ? 何で、空いてんの……?」
最前列にいた女子高生が、不意に声を漏らした。
その声に、周囲の視線が同じ方向へ向けられる。
確かに、列の中ほどに、不自然な空間がぽっかりと開いていた。
衣装を纏った人物たちは整然と歩を進めているのに、その“空白”だけは何かを避けるように、微妙にずれた形で進んでいるのだ。
「……今、青い羽織、見えなかった?」「……刀、差してたよね……」
観客のあちこちから、そんな囁きがこぼれる。
が、そこには誰もいない。ただの空気の塊のはずなのに、確かに誰かが“いた”ような気配だけが残っていた。
そのときだった。
交差点近くの歩道で、小柄な老婦人が突然その場にしゃがみ込み、両肩を震わせて嗚咽を漏らした。
「……なぜ……なぜ拝ませぬ……我らも……京を、守ったというのに……」
声は震え、絞り出すようだったが、耳にした者は皆、背筋に氷を落とされたように凍りついた。
あの声は、老婦人自身のものではない。言葉の節回しも、声色も、現代のそれではなかった。
まるで、時代を越えて染み出した霊が、その身に降りてきたかのようだった。
■
その夜、地元テレビ局の編集室では、録画した祭の映像をチェックしていたディレクターが、眉をひそめて手を止めた。
問題の“空白”の時間帯。
映像には、本来空であるはずの場所に、かすかに“揺れる影”が映っていた。
補正をかけ、コマ送りで確認する。
紺地に白いだんだら模様――新選組の羽織。
顔を伏せ、無言で帯刀し、整然と並ぶ一団。
その眼差しは列の先頭、つまり“錦の御旗”を見据えていた。
睨むように。
あるいは、忘れられた者の悔恨と怒りを込めるように。
「……あいつらは、呼んでも来ないんだよ」
祇園で茶舗を営む老主人が、そうつぶやいたことがある。
それは冗談のように聞こえたが、誰も笑わなかった。
時代は巡り、祭は続く。
だがその列の外に、今なお歩き続ける者たちがいる。
錦の御旗に背を向け、あるいは睨みつけながら、忘れられた“誠”を胸に。
彼らの歩みは、決して止まってはいない。




