↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古都怪異帖(千年の時を超えて語り継がれる、京都の怪異譚集)  作者: カトラス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/67

『駒形提灯の下にて』

 宵山の夜だった。四条通の喧騒を抜けて、一本裏の細い路地へ足を踏み入れたとたん、空気が急に変わった。蒸し暑かった通りとは打って変わって、しんと冷えた風が肌を撫でた。


 僕はカメラを提げて、人気の少ない鉾町の奥へと進んでいた。駒形提灯の光を撮るためだった。人影はまばらで、提灯の灯りが石畳に柔らかく映り込んでいる。ふと、視線を上げたときだった。


 「……あれ、なんであれだけ……?」


 一つだけ、異様に赤く、まるで燃えているように明るい提灯が目に飛び込んできた。


 他の提灯はまだ点灯前なのに、なぜかそれだけが、まるで火の精にでも憑かれたように、ゆらゆらと揺れていた。


 僕は無意識にカメラを構え、ファインダーを覗き込んだ。


 しかし、そこに映ったものに、思わず息をのむ。


 提灯の灯りが、ぼんやりと人の顔のように歪んで見えるのだ。

 目と口がゆらゆらと動いている。だがレンズを外して裸眼で見ると、ただの提灯だ。


 「……まさか、そんな」


 自分で笑いそうになった。でも、笑えなかった。


 その時、背後で――「ザッ」と風を切る音がした。

 咄嗟に振り返るが、誰もいない。


 路地は静まり返っていた。遠くの笛の音も届かない。人は歩いているのに、足音ひとつ聞こえない――そんな不気味な沈黙。


 「……なんや、これ……」


 声が震えていた。


 提灯の下に、そっと近づいていく。灯りの下、火袋の縁に黒い煤のような跡がついているのが見えた。

 それは、誰かが直接、口を近づけて火を吹き込んだかのような跡だった。


 そのときだ。


 「兄ちゃん、それ以上近づかんほうがええ」


 不意に、背後から年老いた声がした。


 振り返ると、古びた浴衣を着た老人が立っていた。手には団扇を持ち、目元は皺で深く刻まれていた。


 「そこな……十年前に焼けた町屋の跡や。覚えとるわ。あの家は、なあ……火元は結局わからんかった」


 「……火事、だったんですか」


 僕が問い返すと、老人はゆっくり頷いた。


 「おかしな話やけどな。『火消し婆』いうて、火事のたびにあの辺に現れてた婆さんがおってな。誰が呼ぶでもないのに、赤い提灯の下に立っとる。火が出たら、じいっと燃える家を見て笑うんや」


 「笑う……?」


 「声は出さん。でも口元が動いとる。わしは一度だけ見た。こわかったで。そんときは、もう手遅れやったけどな……」


 老人の目が遠くを見つめるように細められる。その横顔に浮かぶ影が、なんとも不気味だった。


 「その婆さん、あの火事の晩も、最後に見かけたんや。赤い提灯の下にな……」


 僕は、無言でシャッターを切った。


 家に帰ってから、その画像を拡大してみた。


 赤く灯る提灯の真下――そこには、白い何かが映っていた。


 それは、人の指だった。

 一本、煤けた指が、まるで炎に触れようとするように、そっと上へ伸びていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。