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古都怪異帖(千年の時を超えて語り継がれる、京都の怪異譚集)  作者: カトラス


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『新京極ロジウラ神隠し』

 新京極通りは、いつも人が多い。観光客も若者も地元の人間も、昼夜を問わず行き交うこの界隈に、ひとつだけ妙な噂がある。


「裏にある“消えた路地”には、絶対入ったらアカン」


 そう言ったのは、京都出身のバイト仲間・真理子だった。


「どういう意味?」


「新京極のどっかの横道、昔はあったのに、今は地図にも写真にも載ってへんねん。夜になると、たまに“戻ってくる”って言われてる。で、入ったら最後、出てこられへん。二度と。」


「神隠し、ってこと?」


「そやけど、戻ってくる人もいる。でも、どこか“おかしくなってるんよ。心が空っぽになってたり、言葉が喋れなくなってたり。とにかく、入ったらあかん場所なんよ」


 真理子は、目を伏せながら言った。「私の兄が……それで、いなくなった」


 僕は、あまり信じていなかった。ただの怖がらせだろう、と。


 けれど、その話が頭から離れなかったのは、僕の大学の教授が同じようなことを口にしていたからだ。


「新京極には昔、辻堂があった。通りの途中にあった路地の辻には、古くから“何か”が棲んでると記録にあるんだよ。『夜叉辻』って呼ばれていてね。入ったら、帰ってこられない。まさに神隠しさ」


 辻堂、夜叉辻、神隠し。妙に符号が合う。


 気がつくと、僕はその“裏道”を探していた。


 ある金曜日の夜、アルバイト帰り。

 新京極を北から南に向かって歩いていたとき、ふと見慣れない細い路地が現れた。


 赤提灯がぶら下がり、誰もいない。

 その奥には、何か――見てはいけないものがありそうな気配が、あった。


 地面は濡れておらず、雨も降っていないのに、石畳には水が滴る音が響いていた。


(ここ……地図にない道じゃないか?)


 スマホのGPSを見る。確かに、その路地だけ、なぜか表示がぼやけている。


「……もしかして、これ?」


 僕は吸い込まれるように、足を踏み入れた。


 中は静まりかえっていた。


 一歩踏み出すごとに、空気が重くなっていく。

 民家が並んでいるように見えるが、どの窓も真っ暗で、人の気配がない。


 赤い提灯は風もないのにゆらゆら揺れ、どこかで鈴のような音がしていた。


 カラン……カラン……


(誰かいるのか?)


 奥へ進むと、ふいに霧が立ちこめ、視界が曇る。


 まるで空気そのものが変わったように、音が吸い取られていく。


――気がついたとき、僕は道に迷っていた。


 戻ろうとするが、来た道がない。


 代わりに、朽ちた鳥居が見えた。

 その先に小さな祠。

 でも、そこに供えられているのは花や酒ではなかった。


――人形。

 しかも、目の部分だけが塗りつぶされた紙人形が、無数に吊されていた。


 ぞっとして後ずさると、背後から声がした。


「ここ、知らん顔の子、久しぶりやな」


 振り向くと、老婆がいた。


 黒ずんだ着物に、手には籠。

 籠の中には、真っ赤な林檎が三つ。


「お前さん、迷いこんだんやろ。けどここは、戻れへん場所や」


「どういう……ことですか?」


「ここはな、“選ばれた”人しか通られへん道やねん。忘れたいもんがある者、誰かを憎んでる者、運命を曲げたい者――そんな者が、吸い寄せられてくる」


 老婆はニヤリと笑い、僕に林檎を差し出した。


「これを食べたら、元の世界には戻られへんけど、“忘れられる”で」


 その瞬間、僕は思い出した。

 確かに、僕は忘れたい過去があった。

 いじめ、両親の失踪、恋人の裏切り。

 でも、そんなことのために――ここに囚われていいはずがない。


「いらない。帰ります」


 林檎を振り切った瞬間、祠の後ろから鐘の音が鳴った。


 ゴーン……ゴーン……


 視界が真っ白に染まって――


 気がついたとき、僕は新京極の通りに立っていた。


 時間は夜のまま。スマホの時計は、30分しか経っていない。


 振り返ると、あの路地はなかった。


 まるで最初から存在していなかったかのように、建物がびっしり並んでいる。


 息を整えて歩き出すと、前から真理子が歩いてきた。


「あんた……入ったん?」


 僕は黙って頷いた。


「……あんた、ほんまに“あんた”?」


 その言葉に、僕は答えられなかった。


 なぜなら――


 僕のスマホのインカメに映る顔は“少しだけ違う顔”だった。


 目元が、どこか冷たく、口元が笑っていた。


――それ以来、僕は夢を見る。


 赤い提灯の揺れる路地、目のない人形、そして籠を持った老婆の声。


「次は、あんたが“迎える”番やで」


 京都・新京極の裏道には、時折、地図にない路地が現れる。


 そこに入った者がどうなるか、もうわかるだろう。


 次に吸い寄せられるのは――

 あなたかもしれない。

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