『かけてはいけない公衆電話』
京都のとある大学に通う僕は、怪談好きな友人・三輪に誘われて、深夜の祇園を歩いていた。
「なあ、お前、“あの電話”知ってるか?」
「どの電話?」
「円山公園の端っこに、今は使われてない古い公衆電話ボックスがあんねん。そこで、絶対にかけたらあかん番号があるらしいねん」
「またそういう都市伝説……」
僕は笑い飛ばしたが、三輪の顔は真剣だった。
「マジやって。番号かけた瞬間、自分の声で“助けて”って聞こえてくるらしい。そのあと、かけたやつが行方不明になるねん」
「自分の声って……録音?ドッキリ?」
「いや、未来の自分の声なんやって。死ぬ前の、自分の。しかも、“その電話で助けてって言った瞬間”の声が、な」
その夜、妙にその話が頭に残って、眠れなかった。
数日後、僕はゼミ帰りに円山公園を通った。
夕暮れどき、観光客の姿もまばらな中、ふと木陰に立つ古い緑の電話ボックスが目に入った。
「……まさかね」
引き寄せられるように近づくと、受話器はちゃんとついている。
中は埃っぽく、使われた形跡もほとんどない。
張り紙もなく、撤去予定の様子もない。
妙に胸がざわついたが、スマホで三輪にLINEを送った。
「あの電話って、どの番号かけたらあかんの?」
すぐに返信が来た。
「075-xxxx-0731 や。絶対かけたらあかんで」
それを見た瞬間、指が勝手に動いた。
(試してやろうか)
受話器を取り、指を一本一本押していく。
最後の「1」を押した瞬間、ツー……ツー……と、コール音が響いた。
(かかるんかい)
沈黙。
誰も出ない。
そのときだった。
――「たすけて……」
ゾクリ、と背筋が凍った。
スピーカーから聞こえたその声は――僕の声だった。
「たすけて……ここから出して……お願い、もうすぐ“来る”……!」
ガチャッと受話器を戻したが、声は止まらなかった。
電話ボックスの中に、まだ僕の声が反響していた。
あまりの恐怖に外へ飛び出し、後ろも振り返らずに公園を走って逃げた。
その夜から、変なことが続いた。
自室の鏡に、自分とは少しだけ違う自分の顔が映る。
電車に乗ると、窓に映る“僕”が、笑っていない。
授業中、教科書の隅に勝手に書き込まれる「たすけて」の文字。
「未来の自分」なんて冗談だと思っていた。
でも、あの声を聞いてから、僕の中で何かが“ズレ始めた”。
ある朝、大学に向かう途中でスマホが鳴った。非通知。
出ると、聞き覚えのある声がした。
「――やっと、つながった」
僕の声だった。
「もうすぐ“あいつ”が来る。気をつけろ。姿は見えへん。でも音がする。」
「……お前、誰だ」
「俺はお前や。三日後、深夜2時、公園に戻るな。絶対にあそこに近づくな。でないと――」
バチッ!
ノイズ混じりに音が切れた。
その夜から、妙な“音”が聞こえるようになった。
ゴリ……ゴリ……と、何かが地面を引きずるような音。
外を見ると誰もいない。
けれど、音は少しずつ、近づいている。
三日後の夜。
なぜか、体が勝手に動いて、また円山公園に来ていた。
腕が冷たくて、自分の身体じゃないように感じた。
電話ボックスは、そこにあった。
中に入ると、受話器が外れて、ぶら下がっていた。
僕はそれをゆっくり持ち上げた。
「――たすけて」
声がした。
前と同じ、自分の声。
いや、今回はもっと、リアルだった。
外から、あの“音”が近づいてくる。
ゴリ……ゴリ……ゴリ……
もうダメだ、と思ったその瞬間。
**
「――ようやく、交代やな」
**
後ろから、僕と同じ顔をした男が現れた。
ただし、片目が潰れて、喉が裂けていた。
「よう喋ったな。お前の番、終わりや」
目の前が暗転する――
……気がつくと、僕は電話ボックスの中にいた。
外には、僕と同じ顔の“誰か”が、去っていく。
僕は叫ぶ。
「たすけて……ここから出して……お願い……」
けれど、誰も聞いてくれない。
僕の声は、受話器の向こうでかすかに響くだけだ。
新京極を抜け、円山公園の奥にある古びた公衆電話。
決して、かけてはいけない番号がある。
075-xxxx-0731
かけた瞬間――あなたの未来は、誰かと“交代”する。
それが、京都の夜に消える人々の、共通点だった。




