カフェを開こうと思うんだ
魔王城へ行こう。
そう決断した僕は、すぐさま行動に移した。
まずは王都から離れた村へ向かい、手切れ金として受け取った金貨で馬車を買う事にした。
移動や荷物を運ぶために必要だったからだ。
早急に動いた事が良かったようで、その村にはまだ勇者がクビになった話は届いていなかった。
その事にホッとしつつ、金額に色を付けて交渉したところ、馬と馬車を1台、快く譲ってもらう事が出来たのだ。
ちょうど客車部分を新しくする予定だったので、ありがたかったと言われたから良かった。
お金をケチったりもしなかったから、馬も穏やかで力の強い良い子を譲ってもらう事が出来た。
馬車を手に入れたら次は食料や食器。調理器具にテーブルや椅子を購入した。
実はせっかく知らない場所に行くなら、違う仕事をしてみたいと思ってね。そのために必要なものも一緒に揃えておこうと思ったんだ。
まぁ、もらった金貨はほとんど使い切ってしまったけどね。
それらを馬車に積み、僕と『星降り』は魔王城へと出発した。
魔王城までの道中はびっくりするくらい穏やかだった。
何かに急かされる事のない日々がずいぶん久しぶり。
『星降り』と気楽に話をしながら進み――魔王城に到着したのは僕がクビになって2週間経った頃の事だった。
「ここが魔王城かぁ」
魔王城の手前。歩いておおよそ5分ほどある場所に馬車を停めて、僕は魔王城を見上げる。
初めて見る魔王城はとても綺麗だった。
もう少しおどろおどろしい見た目を想像していたので意外である。
『さすがにここは近くないかー? 怒られるぞー?』
「まぁ、何とかなるよ。それに、あんまり離れてもお客さんが来てくれないからねぇ」
『お客さんー? 何する気なんだー?』
「いやーちょっとね、ここでカフェを開こうと思うんだ」
『カフェ?』
僕がそう答えると『星降り』から意外そうな声が聞こえた。
そう、僕はここでカフェを開こうと思っているんだ。
カフェを開いて、料理を作って、お客さんに美味しいねって喜んでもらうのが、子供の頃からの僕の夢だったりする。
きっかけは僕の両親が料理人だったから。
僕の故郷は、アストラル王国の王都からずっと離れた田舎町で。両親はそこで小さい食堂を営んでいた。
お世辞にも裕福とは言えなかったけれど、父と母の作る料理は美味しくて。その料理を食べに来てくれたお客さん達は「美味しいね」って笑っていた。
その顔を見るのが僕は好きだった。
僕も両親のようになりたいと、ずっと思っていたんだ。
だけどある日、僕の村は魔物の襲撃にあった。
僕の何代か前の勇者が倒し損ねた手負いの魔物たちが、村に雪崩れ込んだのである。
大小合わせて数十匹。まるで雪崩のように、魔獣たちは村へとやって来て手当たり次第に暴れた。
その時、村には何人かの冒険者が滞在していたけれど、彼等だけで対処できる量ではなく。村の人達も力を合わせて戦ったが無理だった。
魔者たちは暴れに暴れ、村のあちこちを破壊し、人を踏み殺し――やがて自らが負った傷で死んだ。
命を落としたのはもちろん魔物だけではなかった。
魔物を倒そうと奮闘した冒険者たちと村人のほとんどが、その事件で命を落とした。
……その中には僕の両親も含まれている。
僕の両親は魔物に襲われながらも、最後の最後まで僕を守ってくれた。
「大丈夫、大丈夫よ、レオ。私達が守るからね」
「ああ、大丈夫だ。それにあの魔物だって、ちょっと興奮して暴れているだけだ。少しすれば大人しくなるさ」
唸り声を上げる魔物の牙に、爪に、体を抉られながら両親は、そう言って怯える僕を励まし続けてくれた。
痛かったはずだ。苦しかったはずだ。
なのに悲鳴すら上げず、両親はただただ笑って僕を元気づけてくれたんだ。
「大丈夫……大丈夫だ……。だからな、レオ、ナルド……恨むんじゃ……ない……ぞ……」
それが両親の言葉だった。
僕を抱きしめる両親の腕が、肌が、どんどん冷たくなっていく。
僕は泣きながら、ただそれを感じるしかできなかった。
僕は両親を守れなかった。守りたかった。
でも何も出来なかった。何の力もなかった。
だから僕は冒険者になった。二度とあんな思いをしたくないし、誰かにさせたくなかったから。
強くなろうと様々な事を学んだ。剣の師匠から敵の殺し方だって教えて貰った。
……だけど、それを使う事は無かった。両親が最期に僕に恨むなと言ったから。
その言葉は今も僕の胸に深く刻んである。
悔しかったし、悲しかったあの記憶は、今だって忘れていない。
だけど両親が僕に恨むなと言ったのだ。だから僕は恨まないし、殺さない。
両親が最期に伝えてくれたその言葉を守りたかったから。
まぁ、そうして今は、こんな有様だけどね。
勇者ではなくなって放り出された事は悲しかったけれど、それをいつまでも悔やんでいる暇はない。
今さらいくら考えても悩んでも、もう終わってしまった事で仕方がないからだ。
もしも仲間たちの不満に事前に気が付いていたらと考えた事はあるけれど、それでも僕は自分を曲げなかっただろう。
だから『もしも』があったとしても、それは結局同じことだ。
悔やんでいる時間があるなら、前を向いた方がずっと有意義だ。
そうして僕は考えた。勇者でなくなったなら、あの頃の夢を実現しても良いんじゃないかな、って。
そう、だから僕はこれから、カフェを開こうと思う。
「さて、それじゃあ『星降り』、頼めるかい?」
僕はそう言いながら『星降り』を抜いた。
まるで妖精の羽のように透き通った美しい刃が、太陽の光に煌めく。
僕の言葉に『星降り』は、
『おうともー、まかせとけー!』
と元気に答えた。それから直ぐに『星降り』が眩い光を放ち始める。
時間にして数分くらいだろうか。
光は辺りに広がり――やがてそれが収まると、僕の目の前には洒落た一軒屋が建っていた。
『星降り』と良く似たデザインの上品な建物だ。
『これでいいかーレオー』
そんな建物からは『星降り』の声が聞こえてくる。
僕はその声に、
「うん、バッチリだ。いつ見ても惚れ惚れするくらい良い仕事するね『星降り』、ありがとう」
とお礼を言った。
この建物が何であるかというと、そう実はこれは『星降り』である。
どうやったら剣が建物に変わるのかというと、簡単に説明すれば『そういうもの』としか言いようがない。
僕の剣『星降り』は、以前も言ったが、魔剣の類である。
魔剣はそれぞれに不思議な力を持っているのだが、それは何も攻撃する事だけに特化しているわけではない。
形を変えるもの、人の姿を取るもの、知識に特化したもの、本当に様々だ。
ではこの『星降り』はどんな力を持っているのかと言うと、見ての通り、建物に変化する事が出来る。
この『星降り』のおかげで僕は旅の最中、雨に打たれることもなく、安心して夜を過ごせていた。
つまりこの建物は、その『星降り』の力を借りて作って貰ったものと言う事である。
『照れるなーもっと褒めていいんだぞーレオー』
「最高に素敵でかっこいいよ『星降り』」
『ふっふーん!』
僕が褒めると『星降り』はご機嫌に鼻歌を歌い始めた。
本当に気の良い優しい相棒だ。
「ふふ。……さて、がんばりますか!」
僕はパンと手を叩くと、馬車に積んだ荷物を『星降り』の中に運び込む作業を開始するのだった。