碌な仕事
人目を避けつつ急いで王都を出た僕は、近くの森の中へと移動した。
この辺りは駆け出しの冒険者や新人兵士達が訓練に使っている森だ。
生息している魔物も弱いためちょうど良いらしい。そのおかげで魔物の数も少なく、町の外ではあるけれど意外と安全な場所なのである。
まぁ、今の僕にとっては、逆に魔物の方が安全なのかもしれないけどね。
もしも僕が勇者だと知る人に出会ったら、罵倒されたり、殴られたりするかもしれないから。
前者はともかく、これでも勇者をやっていたから、簡単に殴られるつもりはない。でもやり返すわけにもいかないから、そういうトラブルには遭わない方がありがたいんだ。
そんな事を考えながら僕は森の中を進んで、適当な木の下で休むことにした。周囲に魔物の臭いも気配もしないから大丈夫だろう。
そう思いながら僕は腰を下ろす。
そうすると、疲れが一気にやって来た。
「はぁ……碌な仕事かぁ……」
僕は木々の葉の隙間から見える空を眺めて、そうつぶやく。
先ほど屋台の店主から言われた言葉だ。
あれは結構ショックだった。
勇者として働いていたこの2年間、自分の仕事に手を抜いたつもりはなかった。
確かに僕は魔物や悪人を殺したりはしなかった。
けれども、だからと言って放置もしていない。
捕まえて、出来るだけ人間が怖いものだと分からせながら人のいない遠くの土地へと連れて行ったり、言葉が通じるなら説得をしたり。
被害や犯罪の再発がないように頑張っていた――つもりだったのだ。
だけどそれは僕だけがそう思っていただけどいう事が、今回の事で良く分かった。
周りの人からすれば、それが手を抜いているように見えるのは仕方のない事かもしれない。何せ同行していた仲間にもそう思われていたのだから。
何度目かになるため息を吐いて肩を落としていると、
『気にするなよーレオー。お前が仕事で手を抜いたことなんて、一度もなかっただろー』
『星振り』が励ましてくれた。
その言葉がじーんと胸に沁みる。
『星降り』はいつだって優しくて、僕の味方でいてくれる。
それがありがたくて、嬉しくて、そしてこんな事になってしまって申し訳なくて、何だか少し泣きたくなった。
「……うん。ありがとうね『星降り』。本当に、君がいてくれて良かったって、心の底からそう思うよ」
『へへーん、そうだろー。何たって相棒だぞー。お前の頑張りを一番傍で見てたからなー』
「ふふ、そうだね」
僕は笑って『星振り』にお礼を言う。
そして深呼吸して、出そうになった涙を引っ込めてから、彼と今後の相談をすることにした。
「だけど本当にこれからどうしようか。さすがに王都には戻れないし……。あの様子だと、他の町に僕が勇者をクビになった話が伝わるのは、時間の問題っぽいよね」
『そうだなー。噂が回るのがめちゃめちゃ速かったもんなー。たぶんあれ、事前にしっかり計画を練っていたんだと思うぞー』
「『星降り』もそう思う? 僕もさすがに早過ぎるなって思ったよ」
『思ったー。クビになったタイミングを考えても、普通なら噂が広がるのは、早くて夕方くらいだろー』
「だよねぇ……」
彼の言う通り、クビになった後で告知されるなら、そのくらいの早さが妥当だ。
だけど実際には、王城を放り出された時点ですでに噂が流れていた。
僕はよほど嫌われていたのだろう。考えていたらどんどん気持ちが落ち込んできた。
「これは……しばらく顔を隠していた方が良さそうだなぁ……」
『それならいっそ、噂が届かない場所へ行けばいいんじゃないかー?』
「良いアイデアだけど、あるかなぁそういうところ……。違う国じゃないと難しそうじゃない?」
正直なところ、アストラル王国内では行った事のない場所の方が少ない。
勇者としてあちこちへ派遣されていたからね。
僕の事を知らない人ばかりで、噂も届かない場所と考えると、本当にこの国を出るくらいしか思いつかない。
もし国を出るとしたら、どこがいいだろう。
そんな事を考えながら、僕は焼き鳥の包みを開いた。とたんに良い匂いが漂ってきて鼻腔をくすぐる。
美味しそうだ。僕は直ぐに、その一本を頬張った。
肉を噛みしめれば、甘辛いタレと鶏肉の旨味が出た油が、じゅわりと口の中に広がる。それに見た目よりもずっと柔らかい。
冷めてしまっているけれど、そんな事は関係ないくらい美味しい。
ちょっと焦げているところだって、その苦さが味の良いアクセントになっていた。
ああ、これは本当に空腹に効くなぁ……。
そしてお酒にも合いそうだ。さすがにお酒は持っていないし、そもそもこんな場所で飲むわけにもいかないけれど。
でも想像するだけならタダだ。
僕はお酒と一緒に焼き鳥を食べる自分を想像しながら、もらったラッキーティーを飲む。
あ、このお茶も焼き鳥に合って美味しいね。
そう言えば、魔王を倒したらお酒を飲んで宴会をしようって、仲間たちと話したこともあったっけ……。
あれは彼らと組んで旅を始めたばかりの頃だ。大きな依頼を終えて、へとへとになりながら食事をしていた時に、そんな話をしたんだ。
あの頃は楽しかったな……。色々あったけれど、その気持ちだけは本当だ。
思い出したら、食べていた焼き鳥も何だかしょっぱく感じてしまった。
……そうだ、魔王と言えば。
「ねぇ『星降り』。そう言えばさ、僕達は魔王城へ一度も行った事がなかったね」
『そうだなー。かなり遠くから、魔法で様子を見せてもらった事があったくらいだろー』
「ああ、あったねぇ。一度、近くでしっかり見てみたかったなぁ……って、ん?」
そう話していて、僕はある事に気が付いた。
一度も行った事がない場所なら、魔王城だってそうじゃないかって。
「…………」
僕は顎に手を当てて、目を細くして考える。
……魔王城——つまり魔族領だ。魔族領へアストラル王国の人間は基本的に近付いたりはしない。
魔族領には僕の顔を知られているかもしれないけれど、勇者をクビになった話はすぐには届かないはず。
もしかしたら、これはうってつけの場所なのではないだろうか?
「『星振り』、僕は決めたよ」
『どうした、レオー? 何か良いアイデアが浮かんだのかー?』
「うん、浮かんだ。思い付いた。ねぇ、星振り――魔王城へ行こう!」
そう言って、僕は立ち上がる。
結構な大声を出してしまったものだから、木の枝に止まっていた数羽の鳥が、バサバサと音を立てて飛び去って行った。




