後日談 4
声が聞こえた方へ向かうと、大きな木に登った少年がいた。
彼は今にも泣き出しそうな顔で枝の上に座り、幹にしがみついている。
髪の色や瞳、顔立ちがロザリーとよく似ているから、この少年が僕達が探しているシメオン王子で間違いなさそうだ。
「あっ、やっぱり姉様だ! 姉様ーっ! お会いしたかったです、姉様!」
シメオン王子はロザリーを見たとたんに笑顔を浮かべた。
ロザリーはそんな彼を見上げながら、ほんの少し首を傾げる。
「シメオン、そんなところで何をしているの?」
「姉様に会いに来たんです! でも、あの……途中で魔族領の人を見かけて逃げたら迷子になって……それで……」
最初は元気に話していたシメオン王子だったが、だんだんと声が小さくなってしまった。
何となく状況が理解出来た。シメオン王子は今の勇者だから、魔族領の人達と会うのは避けたいと思ったんだろう。
実際に僕もここへ初めてやって来た時は、元勇者とバレたらまずいなと思っていたんだ。
猪突猛進な方だとは聞いていたけれど、ちゃんとそういう部分は考えられる冷静さは持っているみたいだね。
「ロザリー、とにかく無事で良かったね」
「うん。2人ともありがとう」
「いえ、私の方こそありがとうです、姫様。ああ、胃が痛かったぁ……見つかって良かったよぉ……」
ルインがホッと息を吐いた。シメオン王子が行方不明になって、護衛役を任された彼女は気が気じゃなかっただろう。
「シメオン王子、そこから降りられますか?」
「こ、こんなに高い場所へ登ったことがなくて……」
「シメオン、登る時どうしたの?」
「無我夢中で……」
「あはは……なるほど。それじゃあ、僕が降ろしに行きますね」
僕はそう言って木に登り始めた。
木登りなんて子供の頃以来じゃないんだろうか。懐かしい気持ちになりながら、シメオン王子のところまでひょいひょいと登る。
目を丸くするシメオン王子。僕はにこっと笑って「ちょっと失礼しますね」と断ってから彼を抱き上げ、そのまま枝から飛び降りた。
そして、すとん、と着地してシメオン王子を地面に下ろす。
するとすぐにロザリーが駆け寄って来た。
「シメオン、大丈夫?」
「あ、え、えっと……はい。大丈夫、です」
シメオン王子はこくこくと頷く。
それから彼はロザリー、ルインと順番に顔を見て、最後に僕の方で視線をぴたりと止めた。
「あなたが勇者レオナルド……」
「元ですよ、シメオン王子。今の勇者はあなたで――」
そう訂正しかけた時、シメオン王子の顔がくしゃりと歪んだ。
大きな瞳からぽろぽろと涙が零れて始める。
「えっ」
思わず変な声が出てしまった。
「い、今、ちょっときつい言い方しちゃったかな!?」
「レオはしてない。ディの方がもっときつい言い方する」
「姫様も大概じゃないかなぁ……。でもレオさんは普通だよ」
僕が助けを求めるようにロザリーとルインの方を向くと、2人は揃って首を横に振った。
彼女達が言うならばその通りなのだろう。
けれど、それならばどうしてシメオン王子は泣いているんだろう。
ロザリーと同じ顔で涙を零すものだから、妙に焦ってしまう。
「あの、シメオン王子。飛び降りた際に、どこか痛みましたか? そうでしたら僕の注意が足りず、大変申し訳ありません」
「ち、ちが、違うんです……!」
シメオン王子は首をぶんぶん横に振る。
「ぼ、僕はあなたみたいな勇者になれない……っ!」
しゃくりを上げながらシメオン王子は言う。
「えっと……?」
泣いている理由は、やはり僕に原因があるらしい。
しかし僕みたいな勇者になれないというのはどういうことだろう。
「シメオン王子。誰もが違う人間なのは当然です。誰だって自分以外の誰かにはなれませんよ?」
困惑しながらそう返せば、シメオン王子はぐっと唇を噛んで下を向いた。
「僕は最初は……あなたは何てひどい人なんだろうと思っていました。お父様や周りの人間が、レオナルドは勇者失格だと怒っていたから。きっと皆が言うように、レオナルドは勇者らしくない事をしていたんだって、そう思っていたんです……」
「ああ……」
僕は何とも言えない気持ちを息と共に吐く。
そういう噂が流れていたし、第三者から見れば僕の行動がそう見えていたかもしれないのは分かる。
意に沿わない行動を取る勇者をクビにするためには、マイナスの印象を持たせた方がそうしやすいのだって理解は出来るんだ。
だから噂に違和感が生じないように、特に王族や、その身近にいる者達の間では、情報が統一されていたのだろう。
複雑と言えば複雑だけど、政治の世界はそういうものだ。以前にアルフィンもそんな事を言っていた。
「だから王族として僕がやらなきゃって。僕が勇者になって、姉様も助けなきゃって思ったんです。僕だけはまだ何の仕事も任されていなかったから」
「シメオンはまだ子供。仕事はこれから増えるから、気にしなくて良い」
ロザリーが気遣うように言う。
しかしシメオン王子は首を力なく横に振る。
「あのお父様が考えていると思います?」
「…………」
ロザリーはスッと目を逸らしていた。
そう言えば前にアストラル王国の町へ買い出しに行った時、ロザリーは自分が放置されている、みたいなことを言っていた。
あの時は王族も色々闇が深いんだなと思っていたけれど、それはロザリーに対してだけではなく、他の王族にもそうらしい。
「王様、お子さんたくさんですからね……」
ルインはぽつりと呟いた。
「勇者になれば、全部が変えられると思ったんです。でも……」
「でも?」
「勇者の仕事が、こんなに大変だなんて思わなかったんです……っ!」
「ああ……」
先ほどと同じ呟きが自分の口から零れた。
その言葉は僕も痛いほどに良く分かる。
勇者の仕事は、世間が考えるような華々しい仕事じゃない。むしろその逆の、誰にも見られず評価されないような仕事の方がずっと多いんだ。
報酬は多いけれど、その分大変で厄介な仕事を中心に振られてくる。
(シメオン王子へ振られた仕事ってどんな感じだった?)
(レオナルドさんの三分の一くらいだけど、一般的な冒険者よりは多かったよ。自分で仕事を受けにも行っていたし)
僕とルインは小さく口だけを動かして会話をする。仕事で声を出せない場面も多かったため、多少の読唇術はお互いに心得ているんだ。
なるほどなぁと僕は頷く。
僕はまだ冒険者として活動してきたから体力やスケジュール管理も、ある程度は出来る方だった。
けれどもシメオン王子は違う。自分で管理するのではなく、周囲から管理される側だったはずだ。
それが勇者になったからって、あれもこれもと仕事を詰め込めばパンクしてしまうだろう。
僕の時よりも降る仕事の量を減らしてあるのは、その辺りを考慮してのことだとは思うけれど。
「それでも姉様のことを思い出して頑張ろうって思っていたら、そろそろ誕生日だなって思って……どうしても会いたくなって……だから……」
シメオン王子はだんだん小さな声になってしまった。
きっと彼は辛い時に、頼れる相手がロザリーしかいなかったのだ。
ロザリーの方を見れば、きゅっ、と口を閉じていた。彼女はそのままシメオン王子に近付いて、両手でそっと抱きしめる。
「そう。頑張ったね、シメオン。えらい」
「…………っ」
「えらい、えらい。苦しかったら、勇者をやめたっていい」
「そんな無責任な事して、いいのかな……」
「どれだけ仕事をしているか知ったら、誰も文句を言わない。それにルインが頑張って説得してくれる」
「急に話を振られてどうしよう!」
2人の様子を見てちょっと涙ぐんでいたルインは、ぎょっと目を剥いた。
まぁ、ここにいるメンバーでそれが出来るのは、今のところルインだけだから仕方ない。
「アストラル王国の騎士団長に、ロザリーからも手紙を書いてもらうとか」
「ナイスアイデア、レオ。そうする」
「その手があった! よろしくお願いします、姫様!」
「まかせて」
ロザリーはこくんと頷く。
どうやら話はまとまったみたいだ。良かった良かったと思っていると、シメオン王子のお腹がぐうと鳴った。
「あ……」
シメオン王子はお腹を押え、顔を真っ赤にしている。
「シメオン、もしかしてご飯食べてない?」
「う、うん……昨日の夜から……」
「それは大変」
そう言うと、ロザリーは僕の方を振り向いた。
僕はにこっと笑って頷く。
「それじゃあ、お食事にしましょうか!」




