後日談 1
とある日の事。
僕がいつも通りカフェで仕込みをしていると、カランコロンとドアベルが鳴った。
顔を上げてそちらを見れば、焦った様子のルインが立っている。
「ルイン? どうしたの?」
僕は首を傾げてそう訊ねる。
彼女は先日の騒動の後、しばらくこちらに滞在してからアストラル王国へ帰って行ったんだ。
滅多に来られない場所だからと、興味津々にあちこちを見学していたっけ。
その付き添いを魔王の秘書であるマリアンヌさんがしていた。たぶん妙なことをしでかさないように、警戒されていたのだと思う。
ルイン個人なら問題ないんじゃないかなと思っていたんだけど、予想通り、彼女が問題を起こすこともなかった。
出発する時にルインは「姫様のこと、ちゃんと説明してくるね」と言ってくれた。
そこは――正直なところ少し不安だったけれど、後日発行されたアストラル王国の新聞では、誘拐されたと言われていたロザリーは実は魔族領と友好関係を築くために動いている、という話が載っていた。
……ちょっと動きが極端過ぎて、本当に書かれている通りになっているのか心配だけどね。
ルインとは、あの後も手紙のやり取りはしていたけれど――今日、やって来るという話は聞いていなかったな。
「レオさん、ごめん。シメオン王子がこちらへ来ていない?」
ルインは早口でそう訊いてきた。
シメオン王子はロザリーの弟で、僕の次の勇者として任命された方だ。
ロザリーがディに誘拐された際に、ロザリーの髪を握って引っ張って、それを阻止しようとしていたらしい。
僕はシメオン王子と面識がないので、どういう人物なのか知らなかったけれど、話を聞く限りなかなかアグレッシブな方なんだなという印象を受けた。
シメオン王子の話が出た時にロザリーは、ちょっと渋い顔をしていたなぁ。
「シメオン王子? いや、僕は見ていないけれど……」
そんな事を思い出しながら、僕は首を横に振る。
するとルインは「そう……」と肩を落とした。
「シメオン王子がどうしたの? もしかして1人でどこかへ行っちゃったの?」
「うん……。僕は勇者だから、勇者らしい仕事をするんですって言って、こっそり城を抜け出す事は多かったんだけど……今回はいつもと様子が違っていて」
「どんな感じに?」
「姉様の誕生日を祝いたいって……」
「…………えっ」
少し考えて、僕はポカンと口を開けた。
「ロザリー、誕生日なのっ!?」
「注目する気持ちは分かるけど、重要なのはそこじゃないよレオさん」
「あっ、ごめんごめん。びっくりしちゃって……そっか、ロザリー誕生日なんだ」
「レオさん……」
僕がどうしてもロザリーの誕生日に意識が行きがちでいると、ルインから呆れた眼差しを向けられてしまった。
「だって、よく知らない方より、身近な子の誕生日の方が重要で……。『星降り』もそう思わない?」
ちょっと気まずくなった僕は、天井を見上げて『星降り』に話しかける。
『そうだなー。ロザリーの誕生日の方が大事だよなー、レオー。ちなみにシメオンって奴は、ここに近付いて来たりもしていないぞー』
「そっか。それなら良かった……いや、良くないか」
安堵しつつルインを見れば、大きく頷いていた。
「シメオン王子が行方不明なのはすごく困る。私、一応護衛役だから……」
「護衛なの? パーティメンバーじゃなくて?」
「表向きはそう。……実はね、勇者に任命されたのも本人が熱心に陛下を説得したからなんだよ。僕が姉様を助けるんだって……」
なるほど、そういう事か。
勇者の仕事って危険だし、かなり大変だったから、王族が任命されたのが少し意外には思っていたんだ。
ロザリーの髪を引っ掴んで叫んでいたという行動から考えても、シメオン王子はなかなか個性の強い性格のようだ。
遠目で見た時は穏やかで人懐っこそうだったから、人は見かけによらないね。
「ルインから見て、シメオン王子の実力はどんな感じ?」
「普通」
僕が訊ねるとルインはバッサリ言い切った。
目が若干据わっている。ルインがこんな表情をするのは珍しいな……。
「あっ、もちろんレオさんと比較したわけじゃないよ。一般的な冒険者の実力と照らし合わせて普通だって思ったの。だけどやる気はあるから……」
「……無茶な依頼を受けたり?」
「するの……まぁ最近はあまりなくなったけど……」
ルインは表情をどんよりと曇らせながら、こくんと頷いた。
アルフィンに振り回されている時よりも疲労が感じられる顔をしている。よほど大変だったのだろう。
気の毒に思いながら――そう言えば、他の2人はどうしたのだろうと、ふと気になった。
「パーティメンバーが護衛役なら、アルフィンとアレンシードはどうしたの?」
「アルフィンさんは失恋したって部屋に閉じこもっていて、アレンさんは自分の弱さが許せないと修行に明け暮れていて、誰もちゃんと仕事しない。レオさんのこと悪く言っていた事を思い出してほしいよ……」
「た、大変だね、ルイン……クッキー食べる? さっき焼けたばかりなんだ」
脇に置いていたクッキーの載ったお皿を見せると、ルインの目が輝く。
僕は小さく笑うと「それじゃあ、お席へどうぞ」と促した。




