砕けた『星降り』
気が付いた時には、僕達がいた建物はなくなって、周囲には物が散乱していた。
当然だ。
『星降り』が僕を庇うために建物化を解いたのだから。
目の前で剣の欠片がパラパラと、まるでガラスのように光を放ちながら地面に落ちて行く。
反射的に僕はその欠片を掬うように手を伸ばした。
「『星降り』……!」
『無事か、レオー……』
すると欠片から弱弱しい声が聞こえていた。
「ああ……ああ、無事だよ! 君が庇ってくれたから……ッ」
『そうかー、無事なら良かったー……』
「だけど君が無事じゃない!」
『そうだなー……でも、レオが無事なら……良かったぞー……』
焦る僕とは反対に『星降り』はいつも通りの明るい調子でそう言う。
僕に心配をかけまいとしているのだろう。
けれどもその声は、今にも消えそうなくらいに小さく掠れていた。
「馬鹿な……『星降り』が砕ける……?」
アレンシードが「信じられない」という顔でそう言った。
『星降り』が砕けた事が衝撃だったのか、少し冷静さを取り戻したようだ。
『星降り』は魔剣だ。
普通ならば、どんなに強い攻撃を受けても『星降り』は刃こぼれをしたり、簡単に砕けたりはしない。
けれど、その耐久性が下がる状態がある。
その形状を変化させる瞬間だ。
建物化を解いた『星降り』が、剣の状態へ姿を変えようとした時。
元の硬度に戻るより先に僕を庇う事を優先したために、アレンシードの攻撃を受け止めきれずに砕けてしまったのである。
「ごめん『星降り』……! 僕のせいだ!」
『いいよー……だってレオはどんな時だって、目の前の人を助けるだろー……。そういうレオだから相棒に選んだしー、そういう風になりたくなったんだー』
そう言って、砕けて小さくなった『星降り』が僕の手の上に横たわるように落ちた。
『星降り』が纏う光が少しずつ消えていく。
彼の魔力が――――命の灯が消えていく。
「――――」
その姿が頭の中で、両親の死んだ姿と重なった。
魔物によって殺された両親の、あの姿が。
――――殺された。
殺された。
殺された。殺された。殺された。
目の前が真っ赤に染まる。
抑えていた感情のフタが弾け飛びそうになる。
両親とした「誰も恨まない」という約束を繋いでいる理性の紐が、今にも千切れそうになっている。
「れ、レオ……?」
目を見開いたまま、動けなくなっている僕の耳にアルフィンの声が聞こえた。恐る恐るといった様子だ。
だけどそれにすぐに答える余裕は僕にはなかった。
……抑えろ、ダメだ。
自分の中に生まれたドス黒い感情を押し殺しながら、僕はゆっくりと顔を上げる。するとアルフィンは青褪めて「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
あれんしーどとルインも、化け物でも見たかのように青褪めている。
3人の反応から、僕は自分がどれだけ酷い顔をしているかを理解した。
「レオさん、レオさん! 大丈夫……!?」
「怪我ない!? 大丈夫!? ごめんね、ごめんねぇ……! 僕達を守ってくれたせいで……!」
背中に庇っている魔族領の子供達が、僕に向かってそう声をかけてくれていた。
「ありがとう、大丈夫だよ。僕は怪我をしていない。君達こそ怪我はないかい? 怖かったね、大丈夫?」
「うん! 大丈夫! 怪我はしてないよ!」
「あたし達、何も痛くないよ! レオさんが守ってくれたから!」
「そっか。……良かった」
今の自分の顔を子供達に見せたくなくて、振り向かずに僕は言う。
子供達が僕を心配してくれるその声が、千切れかけた理性を繋ぎとめてくれていた。
「…………」
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
ダメだ抑えろ、と自分に言い聞かせながら、僕は一度強く目を閉じた。
大丈夫。いつも通りの自分に戻れ。
僕が自分自身にそう念じていると、遠くの方から近付く足音に気が付いた。
「レオ、大丈夫!? どうしたの、何があったの? カフェもなくなってる」
「おいおい、何があったんだよ、こりゃあ……。それにお前が持っているそいつは……」
目を開いて、声の方を見ると、ロザリーとディの姿があった。
2人は心配そうな表情をしている。
マリアンヌさんと一緒に魔王城へ帰ったはずだけど、騒ぎを聞いて戻って来てくれたのだろう。
「ロザリー、ディ……」
「なっ、姫……!?」
「それにあの姿……魔王……!?」
2人の登場にアルフィン達はぎょっと目を剥いた。
攫われた姫君と攫った張本人の魔王が、こうして並んでやって来るのは予想外だったのだろう。
アルフィン達は、僕とロザリー、ディの顔を順番に見ていた。
「姫様、よくぞご無事で! 今すぐに私たちがお助けしま……」
動揺を振り払って、真っ先に口を開いたのはアレンシードだ。
そのまま彼はロザリーに駆け寄ろうとする。
しかし、
「いらない」
ロザリーはにべもなく断った。
その声はいつもよりも冷えて淡々としている。
アレンシードの口から「えっ」と小さなつぶやきが零れた。
「レオ、皆!」
ロザリーとディは、呆然とする3人の横を通り過ぎ、僕達の方へと駆け寄って来てくれた。
「皆、大丈夫?」
「無事か? 怪我してないか?」
「僕達は大丈夫。レオさんと、あの剣が庇ってくれたから……」
「でも、そのせいで剣が……」
子供達の声に、2人は僕の手の上の『星降り』を見た。
「レオ。もしかしてこの子……『星降り』?」
「……うん。僕を庇ってくれたんだ」
頷くと、ロザリーが悲しそうな顔で砕けた『星降り』に、手でそっと触れた。
ディも眉間にシワを寄せている。それから彼はアルフィン達の方へ顔を向けてギロリと睨んだ。普段の明るい彼とは違い、圧を感じる眼差しだ。
「ロザリーとディは、マリアンヌさんからのお説教は終わったの?」
「まだ途中。でもレオの様子がおかしかったから、やっぱり気になって。マリアンヌに少しだけって頼んで戻って来た」
「そうしたらこんな状況だろ。驚いたわ。戻って来て良かったよ」
「そっか。……ありがとう」
「ううん」
ロザリーは首を横に振る。それから彼女は怒った様子でアルフィン達へ顔を向けた。
アルフィン達は困惑した様子でこちらを見ている。ロザリーの素っ気ない態度に、どうしたら良いか分からないのだろう。
「……あなた達、何をしに来たの」
「私は! 私は、その、レオ……レオナルドが、魔王と手を組んでいると聞いて、真相を確かめに来たのですわ」
「そう。……敵意のない相手を前に暴れる事が、真相を確かめる事なの?」
「そ、れは……。い、いえ! ですがレオナルドはアストラル王国にとって悪です。悪となってしまったのです。悪を倒す、魔王を倒す。それが勇者一行に求められた仕事です。それなのに魔王と手を組むなど……だから自分達は、いつもの仕事をこなしているだけです!」
アルフィンとアレンシードは口々にそう言う。
2人の言葉を聞くたびにロザリーの眼差しがどんどん冷えて行くのが伝わって来た。
それはアルフィンたちも感じているようだけど、どうしてロザリーの機嫌が悪くなっているのかは分からない様子だった。
「勇者一行ってのは、ずいぶん乱暴者の集団なんだなぁ。……まぁ昔っから、そういうところだけは変わってねぇか」
「なっ! 姫様を攫った魔王が何を言うか!」
「まー、魔王ってのは昔からそういうモンらしいからな? だからいつもの通り、さらったんだよ。そもそも昔からさか、こっちは手を出してねぇのに、アストラル側が何度も何度もうちに攻めてくるもんだから、これはこれで良い意趣返しになってるんじゃねぇの? まぁ……」
ディはそこで一度言葉を区切って、
「レオは勇者だった頃はそういうのがなかったから、魔族領の連中は穏やかに過ごせす事が出来て良かったんだけどな」
と言った。
「……それが勇者らしくないと言ったのよ」
「そちらさんからすりゃ、そうだろうなぁ」
「……っ! あなた、何なの! 魔王のくせに、どうしてレオや姫様と仲が良さそうにしているのよ! レオ、あなたもあなたよ! どうして魔王を倒さないの、どうして傍にいられるの! 笑っていられるのよ!」
「……その答えは先ほど言ったでしょう、アルフィン」
静かにそう返すと、アルフィンはぐっと歯を噛みしめた。
「どうして……」
「…………」
そんなやり取りをしていると。
ふと、今まで黙っていたルインが顔を上げ、
「魔王と友達……だから?」
と言った。




