勇者らしくない
「あ、その匂いはクッキーだよ。今ちょうど焼いている最中なんだ」
僕がそう答えると、ルインはきょとんとした顔になった。
「クッキー? レオさん、作っているの?」
「うん、そうだよ」
「そっか……。旅の最中もレオさん、時々何か作ってくれたよね。美味しかったな」
「そうだったねぇ」
旅の最中はパンケーキとか、ソーセージに生地を巻いて焼いたアストラル・ドッグとか、比較的簡単なものが多かったっけ。
そんな事を思い出していると、ルインは匂いを辿るように、きょろきょろと辺りを見回し始める。
そしてオーブンを見つけると、小さく「クッキー」とつぶいた。
……もしかしてルイン、お腹が空いているんじゃないかな。彼女は甘いお菓子も好きだったし。
今の状況で「食べる?」なんて呑気な提案をするほど、僕も腑抜けていないので聞くのはやめておくけれど。
そんなルインとは反対に、アルフィンとアレンシードが怪訝そうな顔になった。
「クッキーって……あなた、どうしてこんな場所で呑気にクッキーなんて焼いているのよ。それにカフェって何なの? この建物は『星降り』でしょう?」
「うん、そうだよ。この建物は『星降り』に作ってもらってる。だからアレンシード、さっきみたいなのはやめてね」
「うっ、ま、まぁ『星降り』には世話になったからな……」
僕が注意をすると、アレンシードは少し怯んだ様子で頷いた。
『星降り』のおかげで、野宿の時も見張りをする必要がないと一番喜んでいたのはアレンシードだったからね。
「だが、カフェとは……」
「言葉通りだよ。さっきも話したけれど、僕はこの場所でカフェを開いているんだ」
「ここでって、魔王城のすぐ近くじゃない。ありえないわ! そんな事を魔王が許すと思うの!?」
「大丈夫、魔王からちゃんと許可をもらっているからね」
事後承諾だけど……。
今考えると本当に、ずいぶん思い切った事をしたなぁと自分でも思うよ。あの時は本当にちょっとおかしなテンションだったんだ。
その点は僕も反省している。だけど事前に話に行っていたら、きっと許可は下りなかっただろう。むしろ捕縛されて、処刑されたりはしなくても、牢屋の中に今も入っていたかもしれない。
「きょ、許可? 許可って……えっ? カフェを開くのを、魔王が許可……したの……?」
アルフィンがぎょっと目を剥いてそう言った。
理解が追い付かないのだろう。
「うん。魔王から直接、営業許可をもらっているよ」
「な、な……何なのよ、それ……」
そして彼女は呆然とした顔になった。
「あなた……本当に魔王と繋がって……?」
そしてそう呟く。
それから彼女はわなわなと震えて、キッと目を吊り上げた。
「勇者らしくない、勇者らしくないとずっと思っていたけれど……それでもあなたの心には勇者らしい優しさや真面目さがあったわ。だからずっと、あなたが魔物を殺さないのだって我慢していた。だけど……今回ばかりは許せないわ! 魔王と通じているなんて、そんな事はないって信じていたのに!」
「ああ、そうだ。元でも何でも、勇者であった者が、わが国の姫を攫った魔王と手を組むなんて……恥を知れ!」
アルフィンとアレンシードが怒鳴り、殺気立つ。
ルインだけは困った表情を浮かべて、おろおろと僕達の事を見ていた。
これはもう対話で穏便に済ませる事は出来なさそうだ。
こうなった2人が止まらないのは、仲間として一緒にいたから分かる。
……このまま騒ぎが大きくなるのはまずいな。
たぶん彼女達が来た事は魔王城には伝わっているだろう。
下手に時間を引き延ばせば魔王城の皆にも被害が及ぶ。
乱暴な手段を取ってでも、お帰りいただいた方がよさそうだ。
「さっきも言ったけど、手を組んだんじゃない。僕は彼らと友人として付き合っているだけだよ」
「ありえないわ! 魔王と友人になれるはずがない! 魔王は私達の敵なのよ!」
「どうして?」
「どうしてって……初めから、ずっとそうじゃない! あなたは忘れてしまったの!? そもそも、あなたのご両親は……」
アルフィンがそう言いかけた、その時。
「こんにちはー! レオさーん! 今日やってるー?」
「美味しいもの食べに来ましたー! お腹空いたー!」
と、魔族領の子供達が中に入って来た。
その子供達へアレンシードの目が向けられる。ギロリと睨みつけているその瞳には、怒りや嫌悪、憎しみの感情が宿っていた。
「魔族領の連中が……ッ」
怨嗟が籠った声で、アレンシードは吐き捨てる。
そして悪鬼のような形相で、アレンシードは手に持った剣を振り上げた。
――――まずい!
あの子たちを守らなければ。
僕の頭に浮かんだのはそれだけだ。
咄嗟に床を蹴って、魔族の子供達の前に飛び出し背に庇う。
武器を掴む時間はなかった。
一瞬、アルフィンが驚愕の表情を浮かべたのが目の端に映る。
「アレンシード、待っ……!」
アルフィンの焦った声が聞こえる。
けれどアレンシードには届かない。
眼前に、アレンシードの剣が迫る。
放たれる殺気と、振り下ろされた剣の速度。
ああ、これは――――無理そうだ。
『レオ! 危ない!』
死を覚悟した時『星降り』の悲鳴が響いた。
同時に強い光が放たれる。
「!?」
その眩さに僕は思わず目を瞑る。
次の瞬間、至近距離で、ガラスが派手に割れるような音が聞こえた。
「――――え?」
今の、音は。
ハッとして目を開けると、僕の目の前には、砕かれた一本の剣が浮かんでいた。
「あ、あ……!」
嘘だ。
嘘だ、そんな。
心臓が急に早鐘を打ち出す。嫌な汗がぶわっと噴き出してくる。
これは。
この剣は――――。
「『星降り』ッ!!」




