元仲間たち
勇者として活動をしていた頃、僕には3人の仲間がいた。
教会から派遣された回復魔法の使い手である聖女のアルフィン。
アルフィンの護衛と王国への報告役を兼ねていた戦士アレンシード。
優秀な魔法使いを束ねる知識の塔という組織に所属する魔法使いルイン。
3人とは生まれも立場も境遇も違ったけれど、最初の頃は何だかんだで上手くやれていた――と思う。
もちろん喧嘩もよくしたよ。僕達は全員初対面だったから、お互いがどういう人間なのか全然知らなかったから。
だからお互いの主張がぶつかって喧嘩をして、仲直りをして、笑って、泣いて。そうやって、ちゃんとした仲間になっていったんだ。
僕は冒険者になってから『星降り』以外と長く一緒に行動した事がなかった。そんな僕に、仲間と旅する楽しさを教えてくれたのがアルフィン達だったんだ。
――だけど、その関係を僕が壊した。
僕は何者の命も奪わない。魔物でも悪人でも。
そういう僕の信念がや方針が、彼女達とは合わなかった。
魔物は悪。魔族領は敵。
アストラル王国に生まれた者は、幼い頃にそう教わって生きてきた。
そこには客観的な理由よりも感情論が強いように思える。
けれども、そういうものは横に置いても、アストラル王国と魔族領は、不仲な期間が長すぎた。
だからこそ、魔物や魔族領を危険だと教えるのは、子供達を守るために必要な事だったのだろう。
僕だって両親と交わした最後の約束がなかったら、そう考えて生きていたはずだから。
『ちょっとレオ! どうして魔物を倒さないの?』
ずっと前に、アルフィンから言われた言葉が頭の中に蘇る。
あの時に僕は彼女に「殺したくないから。殺さなくたって、他に方法があるよ」と答えたんだ。
もしかしたら、あの時彼女達から投げかけられた「どうして」という疑問に、もっと言葉を尽くして答えていたら、今とは違う状況だったのかもしれない。
あったかもしれない「もしも」を考えても、本当に仕方のない事だけど。
「…………」
彼女達の姿を久しぶりに見て、思わずそんな事を思い出していると、アルフィンが店の中へと入って来た。
アルフィンは、ゆるくウェーブのかかったハニーブロンドを揺らしながら、ブーツの音を響かせて歩き、店の中央で足を止める。そこでスカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をした。彼女はこういう所作が本当に綺麗だ。
アルフィンは貴族のお嬢さんなんだけど、回復魔法の才能が素晴らしかったことで、教会から頼まれて聖女として協力している。|高貴な者が果たすべき責任と義務というものらしい。
「御機嫌よう、レオ。息災そうで何よりだわ。何だか全然顔色も悪くないみたいね。良かったわ」
そう言ってアルフィンは微笑んだ。
少々含んだ言い方だった。表情こそ笑顔だが、目は一切笑っていない。彼女はまるで敵を前にしたような眼差しを僕に向けている。
そして、それはアレンシードも同じだった。彼は怒りを滲ませた表情を浮かべ、殺気を隠そうともしていない。
その中でルインだけは違った。彼女の感情には波が立っておらず、静かにこちらを見つめている。
……ひとまず挨拶を返した方が良いだろう。
「こんにちは、アルフィン。それからアレンシードにルインも、君達も元気そうで良かったよ。今日はどうしたんだい? ずいぶん激しい入店だけど」
出来るだけ穏やかに言いながら、僕は店内の惨状へ目を向ける。
先ほどの攻撃——アレンシードのものだけど、彼の一撃でカウンターに酷い傷が出来ている。それをした張本人のアレンシードはカウンターに刺さったままの剣を抜くと、数歩後ずさってアルフィンの隣へ戻った。
この建物は『星降り』が作ってくれているから、ああいう乱暴な真似はしないでほしいと、これまでに何度も言ったんだけどな。
これを見る限り、どう考えても「遊びに来ました」という風ではないだろう。
僕がそう思いながら3人へ視線を戻すと、アレンシードが「ハッ」と鼻で笑った。
「どうしただって? どうしたって訊いたのか?」
「そうだね、言葉の通りだよアレンシード。剣を抜いて突然斬りかかってくるだなんて尋常じゃない。だから疑問に思うのはおかしな事じゃないでしょう? そもそも、あんな別れ方だったからね。君達が訪ねてくるなんて思わなかったよ」
「ハハ、別れ……ね。アレはそんなに丁寧なもんじゃなかっただろう、レオナルド」
「…………」
「まぁいい。俺達が今日、ここへ何をしに来たかは決まっている。これだ!」
アレンシードは怒鳴りながら、くしゃくしゃになった新聞を投げつけてきた。よほど強く握っていたのだろう。巻物のようにまるめられたそれは、真ん中部分のシワが酷い。
ただ、その状態であっても、その新聞がいつのものかであるのは分かる。
先日マリアンヌさんが見せてくれたアストラルタイムズ。僕とディの事が書かれた記事が載っている日の新聞だ。
——やっぱりそうか、と僕は心の中で息を吐く。
ルインはともかく、アレンシードとアルフィンは正義感や、魔物と魔族領に対する嫌悪感が強い。だからこの記事を読んで激昂したのだろう。
アレンシードは怒りで顔を赤くし、小刻みにぶるぶると震えながら、僕に向かって指を突きつける。
「見損なったぞ、レオナルド! いくら元といえど勇者だった者が、あろう事か魔王と手を組むなどと! これは一体どういうつもりだ!」
唾を飛ばすような勢いでアレンシードは怒鳴る。
そんな彼に、僕は努めて冷静に返す。
「違うよ、アレンシード。手を組んだという表現は間違ってる。語弊があるよ」
「何が語弊があるだ! 記事を見ろ、写真を見ろ! 魔王と仲良く一緒に映っているじゃないか!」
「この写真、だいぶぼやけているけど……本当に魔王だと思う?」
「特徴と状況が合っている!」
「状況かぁ……。これさ、たぶんうちのカフェの営業中を念写したものでしょう? 料理を配膳している最中だよ。たぶんレアチーズケーキかな?」
「チーズ……ケーキ……?」
「うん。レアチーズケーキ。美味しいって言ってもらえてる」
「…………」
僕が説明するとアレンシードはポカンと口を開けた。「魔王が……チーズケーキ……?」とつぶやいている。
アストラル王国側の人間からすると、魔王って言葉のイメージからだと、スイーツを食べている魔王って結びつきにくいのかも。
まぁ、それはともかく、怒りから少しでも逸れてくれたのは良かった。
「それに今も言ったけど。この写真はないでしょ。ちょっとぼやけ過ぎているよ。無理に拡大したからじゃない? よくこれを新聞に載せたね?」
「ぼやけているとは失敬な! これはルインが念写した写真だぞ!」
「ああ、やっぱりこのイニシャル、ルインだったんだ……」
「あっ」
アレンシードが「しまった!」という口を手で押える。
最初にイニシャルを見た時に、もしかしてとは思ったけれど、やっぱりルインだったようだ。
彼女の方へ目を向けると、
「頼まれて……ごめんね、レオさん」
ルインは申し訳なさそうにそう言って、アルフィンの方をちらりと見た。どうやらアルフィンに頼まれた事らしい。
アルフィンははアストラル王国では有力な貴族のお嬢様だからか、その実家からの圧力もあって、何かを頼まれると心理的に断り辛いという面があるんだ。
一緒にパーティを組んでいた時は、僕がやんわり止めていたんだけどね。
でも次の勇者がシメオン王子だから、僕よりはしっかり話を聞くだろう。
ルインとアレンシードがメンバーに入るかは分からないけれど、聖女であるアルフィンは確実に仲間として数えられるだろうし。
……そう言えばシメオン王子の姿が見えないな。どこかで待機しているのだろうか。
それともまさか置いて来た……なんて事はないよなぁ。
「なるほどね。だけど、どうして僕を念写していたんだい? 君達とはもう関係ない――とは言わないけれど、行動を監視する必要もないでしょう」
「それは……」
「いや、その……それは……アルフィンが……」
そう訊ねるとルインとアルフィンの歯切れが悪くなった。
2人はそのままアルフィンを見る。
彼女達の視線を受けたアルフィンは、目を泳がせた後で、
「べ、別に、深い意味はなくってよ! 勇者を辞めさせられたあなたが、腹いせにあちこちで暴れないか、監視していたのよっ」
なんて言ってそっぽを向いた。
えぇ……僕ってそんな風に思われたんだ……。
僕だって怒る事はあるけれど、人や物に当たった事はないから、これはちょっとショックである。ある意味で勇者をクビになった時よりもダメージが大きいかもしれない。
「そ、そう……。それで監視して、あの念写を取って、怒って新聞に載せたって事か……」
「あう……そ、そうよ」
この分だと新聞社も、アルフィンの言葉をそのまま受け取って、精査もせずに記事を書いたんだろうな……。
下世話な話だけど、ゴシップは売れると聞くから嬉々として書いたんだろう。あの新聞、前は僕も読んでいたから、ちょっとガッカリした。今度から購読する新聞は別の新聞社のものにしよう。
「……それで、君達だけで乗り込んで来たの? シメオン王子は一緒じゃないのかい?」
「どうしてシメオン様の名前が出て来るのよ」
「魔導ラジオで聞いたけど、シメオン王子が次の勇者になられたんでしょう? 新聞記事に怒ってやって来たのなら、僕ごと魔王を討伐する目的で来たんじゃないのかい? だからパーティを組んでいると思ったんだけど……」
「え? ええ、組んでは……いるけど……今回の事は特にシメオン様には……」
そう聞くとアルフィンは目を瞬いた。
ルインとアレンシードもサッと目を逸らす。
……まさか本当に、ただ怒りをぶつけにここへ来ただけ?
シメオン王子を置き去りにして?
「き、君達、それはさすがに……」
「と、とにかく! そんな事より問題は魔王との事よ! レオ、あなたいつの間に、そこまで落ちぶれたの!?」
アルフィンが強引に話を戻して、そう怒鳴った。
「落ちぶれたかどうかはともかく。魔王も魔族領の皆も、うちのカフェのお客さんで、僕の大事な友人だよ」
「カフェ? 友人? 何を馬鹿げた事を!」
僕がそう言うと、先ほどまで少し動揺していたアレンシードがまた元気を取り戻し、吐き捨てるように言った。
「馬鹿と言われても構わないよ。けれど事実だ。彼らは悪党でも化け物でもない。僕達と何も変わらない人達だよ。話せば分かり合えるし、仲良くだってなれる」
もちろん仲良くなれない相手だっているのは知っている。
全員と仲良くなんて夢物語のような事は僕は言わない。
これは種族がどうのという話ではなく、単純にそりが合うか会わないかという誰にだってある事だ。
僕がそう答えていると天井から、
『ごめんレオー、弾けなかったー、ちょっと魔法でビリビリさせられて、手間取ったー』
と『星降り』の声が聞こえて来た。
声が聞こえないから心配だったけれど、魔法で動きを止められていたらしい。こういう芸当が出来るのはルインだね。
『ごめんなー油断してたー』
「いや、そもそもアルフィンたちを弾くように頼んでいなかった僕のせいだ。ごめんね『星降り』」
謝ってくれる『星降り』に僕はそう返す。
そう『星降り』のせいじゃない。これは完全に僕のミスだ。
アルフィン達は元でも僕の仲間だった。
一緒に行動していた時に『星降り』の結界に弾かれないようにしていて、それが今も続いていただけだ。
彼女達がこのカフェを訪れるだなんて微塵も思わなかったから。
それにどんな形で別れたとしたって、対象から外すつもりもなかった。
こんな関係になってしまったけれど、3人も僕にとっては大事な仲間だったから。
そんな話をしていると、
「……何か良い匂いがする」
ルインがふと、小さな声でそうつぶやいた。




