焼き立てのクッキー
「……うん。そうだよ」
ルインの『友達』という言葉に僕は頷く。
「さっきも言ったけれど、魔王は僕の友達だ。魔族領の皆だって、僕の大事なお客さんだ」
「だから、そんな事はあえりえないと……」
「僕にとっての事実を、君の勝手な想像で上書きしないでくれ」
否定するアレンシードの言葉をバッサリと切りながら、僕は手の中の『星降り』を見つめる。
その光はとても弱々しくなっているけれど、それでもまだ消えていない。まだ彼の命は繋がっている。
「ロザリー。少しの間だけ『星降り』の事をお願いしても良いかな」
「うん」
「ありがとう」
快く承諾してくれたロザリーに、僕は立ち上がって『星降り』をそっと預ける。
ロザリーは『星降り』を優しく胸に抱いてくれた。
「…………」
それから僕はぐるりと周囲を見回した。
ほんの少し前までカフェであった場所は『星降り』の建物化が解除された事で、外から持ち込んだ素材や食器、テーブルや椅子の類が倒れ、あちこちに散乱している。
その中に、僕は目的のものを見つけた。
鉄板に乗せた、焼いている最中だったクッキーだ。
オーブンは『星降り』が形を変えたものだったけれど、その中で焼いていたクッキーと鉄板は後から入れたものだ。だからそのまま残っている。
クッキーは、落下した時の衝撃で多少割れてはいるものの、地面に零れ落ちてはいなかった。
僕はクッキーを目指して歩き出す。
途中でアルフィン達の横を通り過ぎた。すれ違う直前にアルフィンとアレンシードが顔を強張らせ身構えたのが分かったが、ロザリーがいるからか先ほどのように斬りかかって来ることはなかった。
ルインだけは、僕の様子をじっと静かに見つめている。
「れ、レオ……」
アルフィンの声が聞こえたけれど、僕はそれを無視して進む。
そして地面に落ちた鉄板のところまで行くと、クッキーを1枚摘まみ上げて様子を見た。
……うん、良い焼き色だ。ちゃんと焼き上げっている。
クッキーの状態を確認出来たら、僕は鉄板の取っ手を掴んで持ち上げる。少々熱いけれど、素手で持てないほどではなかった。
それから向きをくるりと変えて、もう一度アルフィン達のところへ向かう。
「えっ、え……?」
「食べてみて」
僕はアルフィン達に鉄板を差し出しながらそう言った。
「た、食べてみてって……レオ、あなた何を言っているの?」
「このクッキー、食べてみて」
「あなた、この状況で何を言っているのっ?」
「うん、そうだね。分かってる。でもね、だから今言っているんだよ」
「馬鹿な……お前、いよいよ頭がおかしくなったのか?」
アレンシードが僕を睨みながらそう言った。
どうだろう、そうかもしれない。
2人の言葉はもっともだ。こんな状況ならば普通は「クッキーを食べてみて」なんて言葉は出てきたりしないだろう。
だけど僕は彼女達に食べてもらいたかった。
だってこのクッキーは、ロザリーとディの3人で一緒に作ったものだから。
「僕の頭がおかしいと思ったっていい。だけどこのクッキーは食べてみて」
「おいコラ、いいわけあるか。レオの考えはちょいと甘いし、まぁ甘いし、いや本当に甘いけど、それなりに普通だぞ!」
「ディ、うるさい。黙ってて。あとフォローするなら、もっとちゃんとすると良いと思う」
「ロザリーにそれを言われるの、微妙に屈辱なんだがっ?」
「ディの頭をトサカカットにする事が決定した」
「やめろ! 髪を残せば良いってもんじゃねぇ!」
3人の後ろ側から聞こえるロザリーとディのやり取りに、僕は思わず笑ってしまった。
やっぱり甘いって思われていたようだ。
でもそういう、いつもと変わらない普段通りの2人の言葉や雰囲気が、今の僕にはありがたかった。
「食べてみて、アルフィン、アレンシード、ルイン」
「…………」
もう一度そう言うと、ルインがおずおずといった様子で一歩前に出た。
「ルイン!?」
「ま、待て! どんな罠かもしれないものを!」
「…………大丈夫、だと思う。旅の最中にレオさんが作ってくれた料理は、どれも美味しくて優しい味がしたから」
アルフィンとアレンシードが目を剥いたが、ルインは首を横に振った。
「……レオさん。食べて良いの?」
「うん」
確認するように問われ、僕は頷く。
ルインは僕とクッキーを交互に見たあと、1枚指で摘まんで口に入れた。
サク、と軽い音が耳に届く。
「――美味しい」
そして彼女はぽつりと、そう言った。
「美味しいでしょう? このクッキーはロザリーやディと一緒に作ったんだ」
「そうなの?」
ルインは目を瞬くと、ロザリーとディを振り返った。
視線を受けたと2人は、
「そう、私たちが作った。頑張った」
「どうだ。立派に型抜き出来ているだろう」
なんて言って胸を張った。
「型抜きは味とあまり関係ない気がするよ?」
「うっ」
するとルインから鋭いツッコミが入って、ロザリーとディは軽く仰け反った。
「か、型抜きだけだとしても、あなた、魔王が作った物を食べさせようとしたの……!?」
「型抜きだけだし。っていうかよ、俺だけじゃなくてロザリーも型抜きしたんだが? 何なら今そいつが食べたのはレオが型抜きした奴だ」
「姫様と……まぁレオも別だ! 特に姫様がその御手で作られたクッキーだなんて、尊い以外の感想がありましょうか!」
「型抜きに尊いも何もないと思う」
先ほどルインにツッコミを入れられたせいか、若干荒んだ様子で2人は返す。
「そうだね。僕の大事な友人達が一緒に作ってくれた、僕にとっては尊いものだ」
そう言いながら僕はアルフィンとアレンシードに一歩近づく。
「魔物を倒さない勇者は必要ない。そう言われて僕はここに来た。いらないと放り出されて、半ば自棄になっての思い付きだったというのは、確かにあるよ」
でもね、と僕は続ける。
「だからロザリーやディ達と出会えた。そして魔族領の人達の事を知る事が出来た。魔族領の人達は自分と何も変わらない、普通の人達なんだ」
それぞれに確執はあるし、今すぐにどうこう出来る話じゃないのは僕だって理解している。
でも、その関係が決して変われない事はないんだ。
時間はかかるし、感情だってそう簡単に割り切れるものじゃない。
その方法自体もまだまだ模索しなければならない。
でもそれは決して不可能な事じゃない。
だって元勇者が攫われた姫君や魔王と友達になれるくらいなんだから。
「勇者じゃなくなって、僕はここでやりたい事がたくさん出来たんだ」
「このカフェがそうなの?」
「そうだね、ルイン。始まりはこのカフェだったよ。でも、それだけじゃない。もっとたくさんやりたい事が出来た」
元勇者として。アストラル王国の国民として。
そして何よりレオナルドという一人の人間として。
僕たち3人が出来た事を、多くの人に繋げたい。
もともと誰に何を言われようと、自分の信念を曲げなかった僕だ。
やりたい事を定めたら加減なんてしない。
だから。
「クッキーを食べて大人しく帰るか、食べずに大人しく帰るか。――選んでくれる?」
僕はアルフィン達に向かってそう告げる。
帰らないなら今度こそ、力尽くで追い返すまでだ。




