魔王の秘書さん 後編
サンドイッチは作るのが好きな料理の1つだ。
今朝焼いたパンを薄く切ってバターを塗り、そこへレタスとトマト、スライスしたハムを挟む。
レタスはシャキシャキした食感とボリュームが出るように多めに、トマトは少し大きめに、ハムはゆるめに折り畳んだものを数枚。
以前に旅先で、薄くスライスされたふんわりとしたハムが、たくさん挟んであるサンドイッチを食べた事がるんだけど、食感が面白かったので参考にさせてもらったんだ。
サンドイッチって持ち運びもしやすいから、仕事に出かける前に町で購入したりもしたなぁ。
うちのカフェでは、今はまだハムとレタスとトマトのサンドイッチが1種類だけなんだけど、具材のバリエーションを増やしたいなと思ってるんだ。
例えば魚のフライとか、豚肉のコートレットとかね。
パンも違う種類を用意して、食感や味に変化をつけるのも面白いかもしれない。
ちなみにサンドイッチって、食事より絵を描くのが大好きな画家の奥さんが考えたものらしいよ。
その画家さんは誰が何を言っても、ちっとも食事をしないから、見かねた奥さんが「なら片手で食べられるものならいいでしょう」って、パンに野菜や肉を挟んで出したところ「これは良い!」って大喜びで食べたって話だ。
その奥さんの名前がサニー・ウィッチさん。その名前にちなんで画家が「サンドイッチだ!」って名付けたらしい。
そういう関係で料理について書いてある本のサンドイッチのページには、右手に木炭を、左手にサンドイッチを持ってキャンバスに向かう画家の挿絵が添えられている。
ちなみに後日談としては、どこへ行ってもそうしようとするものだから「行儀が悪い!」と奥さんに叱られてしまったそうだよ。
なんて話を思い出している間に具材を挟み終わったので、食べやすい大きさになるようサンドイッチを包丁で4つに切って皿に盛りつける。
今日の付け合わせはムーンストロベリーだ。
ムーンストロベリーというのは、三日月の形をした爽やかな甘酸っぱさのある苺のこと。
月の光を浴びて育つ植物で、成長していく過程で三日月、半月、満月と、形や甘さが変化していくのが特徴なんだ。
その過程で使い方も違うんだけど、三日月形が生で食べるのに一番適している。
さて、これで完成だ。
コーヒーと一緒にマリアンヌさんの所へ運ぶとしよう。
最初の頃は落とさないように緊張をしていたけれど、配膳スキルも上達して今では安定して運べるようになった。
「お待たせしました!」
「ふふ、お待ちしておりました」
料理をそっとテーブルに置くと、マリアンヌさんは微笑んでくれた。
「あら、ムーンストロベリー。私、大好きなんですよ」
「それは良かった!」
「うふふ、嬉しいですわ。それに三日月……このタイミングが一番美味しいんですよね」
マリアンヌさんはにこにこ笑いながらサンドイッチを手に取り、上品に一口食べた。
「ん、美味しい! うふふ、レオナルドさんのお料理、いつも美味しいですね。特にこのパンが好きですわ」
料理とパンを褒められて、僕は心の中でガッツポーズをした。
特に今日のパンは、良い具合に焼けたなと思っていたから、マリアンヌさんにも伝わって嬉しい。
「本当に美味しい……。魔王様と姫様が毎日通いたくなる気持ちが分かりますわ」
「ありがとうございます。僕も2人が毎日来てくれるのが楽しみなんです。……その、お仕事が滞ってしまっていたら申し訳ないんですけれど、ロザリーとディが顔を見せてくれると元気が出るんですよ」
今日は『缶詰め』らしいロザリーとディを思い浮かべながらそう言うと、マリアンヌさんはくすりと笑う。
「その気持ち、よく分かりますわ。仕事を放り出して魔王城を抜け出すのは困りものですけれど……2人の存在そのものが回復魔法みたいで、ついつい甘やかしてしまうんですよね」
マリアンヌさんは頬に手を当てて、少し照れくさそうにそう言った。
でも甘やかしている……だろうか……?
ほんの一瞬、頭に疑問符が浮かんだが深く考えない事にしよう。
まぁ、それはそれとして、甘やかしたくなる彼女の気持ちは僕にもよく分かる。
2人はいつも明るくて、反応が素直だ。そして言葉の裏に何かの思惑を感じる事もない。
2人と一緒にいると、周りの空気がとても穏やかで落ち着くんだ。
才能というものが世の中に存在するとしたら、ああいうのを言うのだと僕は思う。
「実は僕も……2人にお願いされたら、何とかしたいって思っちゃうんですよね」
「あら、うふふ。レオナルドさんは良い人ですね」
「ど、どうでしょう。頑固だとは言われますけれど……」
「それも含めて良い人だと思いますわ。……本当はね、このカフェが突然建った頃、私達は少し警戒していたんですよ。レオナルドさんは例え元が頭についたとしてもアストラル王国の勇者でしたから。魔王様の命を奪えるくらい、お強い方かもしれないと」
少しだけ申し訳なさそうに言う彼女だったが、それは当然の事だろうと思う。
元でも何でも僕は勇者で、魔王や魔族領の敵だったからだ。
彼らの敵である元勇者が、突然、魔王城から徒歩5分なんて近場に、勝手に店を構えたのである。
一体何の意図があってそんな事をしたのだと、当時はかなりピリピリしていたんだと思う。
あの時の僕は、若干自暴自棄になっていたというか……徹夜明けみたいな変なテンションになっていたんだ。
今なら自分でも、ずいぶん思い切った事をしたなと思う。
魔族領の人達が軽快するのは当然だ。
だけど彼女達は静観を選んでくれた。
きっと排除した方が良いんじゃないかとか、そういう話は出ていたのだと思う。何もされなかった事の方が奇跡なのだ。
僕は魔族領の人達の厚意で見逃されていただけに過ぎない。
「ええ。分かっています。僕だって同じ立場であったら警戒しますから。特に扱っているのは食べ物ですし」
僕がそう言うと、マリアンヌさんが少しだけ困ったように笑った。
安心させた上で食べ物に毒を混ぜて……という事もあり得なくない。
食べ物を粗末にするような真似は嫌いなので僕はしないけどね。
魔族領にとって勇者は敵だ。
ずっと昔からそういう関係だった。
いくら勇者をクビになったからと言って「だから安全だ」なんて楽観視が出来るはずがない。
だけど、その話をしてくれたマリアンヌさんの口調はずっと穏やかで「警戒していた」と過去形で言ってくれた。
色々に鈍い僕だから自信はないけれど、多少は信用してくれているんじゃないだろうか。
そう思っていると、
「魔王様も姫様もあなたを気に入っています。もしかしたらそういう作戦なのかもしれないと考えた事はあります」
とマリアンヌさんは言った。
「はい。当然の事です」
「ありがとうございます。……ですが、そうじゃないと確信しました。レオナルドさんは本当に良い人ですわ。ですから、こちらを」
そう言って、マリアンヌさんは『アストラルタイムズ』と書かれた新聞を手渡してくれた。
これはアストラル王国内で発行されているもので、僕も以前は時々読んでいた。
どうしてマリアンヌさんがこの新聞を――と思ったのだけれど、情報収集の一環として持っていてもおかしくはないか。
「私が今日、カフェにお邪魔した理由の半分がこれです。そこの記事を読んでみてください」
マリアンヌさんに促され、新聞に目を落とす。
そこには僕らしき人影が映った写真と共に『元勇者と魔王が手を組んでいる』と大きな文字で書かれていた。
「これは……」
「この新聞は先日発行されたもののようです」
マリアンヌさんはそう言った。新聞の端に記された日付を見れば、1週間ほど前に発行されたものだという事が分かる。
そう言えば結構前に『星降り』が、誰かに見られていたって言ったっけ。
あの時の気配の正体はこの写真だったのかもしれない。
写真というのは魔法の一種で、指定した箇所の風景を特殊な紙に念写する事が出来るんだ。
魔法を使用した者の魔力や技術次第だけど、遠くを念写しようとするとぼけてしまうらしい。
この新聞の写真のぼやけっぷりを見る限りでは、大分遠くから念写したものだろ。
僕は本人だから分かるけれど、知らない人が見たら「これは誰?」ってなるくらい曖昧だ。
写真の様子とぼやけ具合から考えると、これはアストラル王国内から念写されたものと考えて間違いないだろう。
一体誰が……と考えながら記事を見ていると、写真の端にサインされたイニシャルが目に入った。
この魔法はその性質上、他人のプライバシーを暴くために使われる事も多く、トラブルになりやすい。
実際に僕が子供の頃には、王族絡みで大きな問題が起きて、念写した写真には魔法を使った者のイニシャルや名前を入れる事が義務付けられるようになった。
ほとんどがイニシャルを選択しているのは言うまでもない。イニシャルだけでは、誰が念写したのか特定が難しいからね。
それで話は戻るけれど、この新聞の写真にはR・Lというイニシャルがサインされている。
R・Lか……僕の元仲間の魔法使いのイニシャルが、ちょうどそんな感じなんだけど、さすがにないと思いたい。
あの子はこういう事をするタイプではないし、僕に不満を持っていてもここまではしないと思うんだけど……。
……いや、聖女や戦士に頼まれたら仕方なくやるかもしれないな。
まぁ、それはそれとして、この新聞の記事自体は少し不味いなと思っている。
勇者をクビになった件で、アストラル王国内での僕の評判は下落の一方だ。
その状態で、さらにこの新聞記事が出てしまったとなると、とてもよくない。
アストラル王国と魔族領は昔からとても仲が悪い。
国の中でも魔族領の話が出る度に、皆が毛嫌いしていた覚えがある。
僕もね、最初は「そんなものなのかな」と思っていたんだ。でも僕は魔族領へ来て、ディ達と接するようになって、彼らがずっと聞かされてきた『凶悪な者達』ではないという事を知った。
普通に接すれば、普通に友人になれる。
種族の違いはあっても、彼らは僕達と何も変わらない人たちだった。
けれどアストラル王国内の人達にはそれを知らない。
昔から敵としてい存在している相手だと、そう認識しているはずだ。
これはしばらく故郷には帰れないかもなぁ……。
あと次に買い出しに行く時はもっと用心するか、魔族領の方に切り替えるか考えた方が安全かもしれない。
扱った事がない食材が多いから、しばらく研究しないといけないね。
「レオナルドさん……大丈夫ですか?」
カフェの食材について考えていたら、マリアンヌさんが心配そうに声をかけてくれた。
「あっ、ええ、はい。買い出しをどうしようかなって」
「えっ? 買い出し……ですか?」
「はい。僕が使い慣れた食材はアストラル王国のものが多いので。魔族領の食材は知らない物も結構あるんですよね。魔族領の食材について書かれた本ってありますか?」
「あ、ええ、ありますわ。今度お貸ししましょうか?」
「ありがとうございます、助かります」
「…………」
僕がにこっと笑ってお礼を言うと、マリアンヌさんの目が丸くなった。
「どうしました?」
「いえ、その……仕入れの事を心配されているのが意外で。故郷の方々がレオナルドさんに危害を加えるかもしれないのですよ?」
「自分自身の事でしたら、勇者をクビになった時の諸々の方が動揺しましたし。手を組んでいると言われても、そうなのか……くらいですよ。それよりも魔族領の方は大丈夫ですか? 今回の件でアストラル王国側が攻め入って来る事があれば協力します」
「…………」
そう答えればマリアンヌさんは今度はポカンとした表情になった。
「協力してくださるのですか?」
「もちろん。お世話になっていますし、僕の事でそうなったのであれば協力するのは当然ですよ。……あ、でも、殺しはしません。追い返すだけです」
「……ふふ」
するとマリアンヌさんはくすくすと笑い始めた。ちょっとだけ安心さいちょうな、困惑したような、そんな表情だ。
「やっぱり、レオナルドさんは良い人ですね。うちの方は今のところ大丈夫ですわ。レオナルドさんの作戦ではないかと考える者はいましたけれど、魔王様が『そんなわけあるか。あいつはそういう奴じゃねぇよ。それに鈍感過ぎてちょっとノンデリ気味な部分もあるんだ。そんな繊細な事出来るか』と言い切っていましたから」
「鈍感……ノンデリ……」
ノンデリ……つまりデリカシーがないって事なんだけど。
フォローしてくれているのか、そうじゃないのか少し分からなくなってきたよ、ディ……。
「自覚している部分もあるので、訂正出来ない……」
「うふふ」
「でも、ありがたいです。それに魔族領がひとまず大丈夫なら良かった」
僕がほっとしていると、マリアンヌさんは目を細めて、
「ええ、私も。……レオナルドさんが元勇者で良かったですわ」
と言ってくれた。その笑顔が先ほどよりもずっと柔らかくて、優しくて、何だか胸がジーンとする。
魔族領へやって来たのは勢いではあったし、多少の自棄も入っていたけれど――ここへ来る事が出来た良かった。
ロザリーやディ、マリアンヌさん、そして魔族領の皆と出会えて良かった。
そう思いながら僕は、もう一度新聞に目を落とす。
「…………」
それにしても、一体誰がこの写真を念写したのだろう?




