魔王の秘書さん 前編
そうだ、星降りフェアをしよう!
――なんて事をランプストーンで思いついた僕は、魔族領に戻ってすぐに『星降り』に相談をした。
「という感じなんだけど、『星降り』はどう思う?」
『星降りフェアかー。いいなー。お揃いの名前だから照れるなー』
浮かんだアイデアと共にフェアの名前を話すと『星降り』はそんな風に喜んで賛成してくれた。
良かったと思いながら、今日はお客さんを待ちつつ、フェア用のメニューを考えている。
夜間営業かつ、名前が『星降り』となると、やはりそれに関係したものが良いよね。
野菜を星型に切ったりとか、クラッカーを星形にしたりとか。
夜だからアルコールとのセットもアリだなと思って、今回の買い出しで何本かワインも仕入れて来てある。
ワインと合わせるなら、焼いたパンにトマトやチーズ、ハーブを乗せたブルスケッタとかもいいね。
あとワインを使ったパウンドケーキも面白いかもしれない。
……うん、いいぞ。楽しくなってきた。
ノートにメモをしながら僕が考えていると、
カランコロン、
とドアベルが鳴って、お客さんが入って来た。
「いらっしゃいませ!」
ノートを閉じて顔を上げ、挨拶をする。
すると入り口には、魔王の秘書であるマリアンヌさんがいた。
「こんにちは、レオナルドさん」
マリアンヌさんは頬に手を当てておっとりと微笑む。ふわりとした淡い金髪が少し揺れ、太陽の日差しを受けてキラキラと輝いていた。
「お店、今、良いですか?」
「こんにちは、マリアンヌさん。はい、もちろんです。大歓迎です。いつもありがとうございます」
カウンターから出て、マリアンヌさんを席へ案内する。
彼女のお気に入りは、日当たりの良い窓際の席だ。
マリアンヌさんが席につくと、僕は水とおしぼり、メニュー表を持って彼女のテーブルにそっと置いた。
「あら? もしかして、今日は私が最初のお客さんですか?」
「はい。一番乗りです」
「まあ、うふふ。今日は良い事がありそうですわ。いつもは魔王様と姫様に先を越されてしまいますから」
確かにマリアンヌさんが一番最初のお客さんというのは珍しいね。
いつもならロザリーかディが「一番乗り!」なんて競うように来てくれているから。
そう言えばあの2人、今日は遅いなぁ。
ふっとドアの方に視線が向いたら、マリアンヌさんがくすりと微笑んだ。
「魔王様と姫様は、今日は魔王城で缶詰めなんですよ」
そしてそう教えてくれた。
お、おおう、見透かされている……!
何だか気恥ずかしくなって、僕は頬を指でかいた。
「あ、あははは、そうなんですか。あの2人が缶詰め……」
缶詰めというのは、魔族領で行われている食品保存の技術の1つだと、カフェにやって来たここの学者さんが教えてくれた。
結晶缶と呼ばれる筒状の道具に、一度加熱殺菌した食品を入れて密封する事で、長期保存を可能にしているのだそうだ。
ただ結晶缶にすると、食品の味自体は多少劣化してしまうらしいんだけどね。この辺りはまだまだ改良中らしい。
アストラル王国では食材や食品を保存する時は氷結魔法を使うのが一般的なんだけど、ずっと効果があるわけじゃない。
5日に一度は氷結魔法をかけ直さないと解けてしまうので、管理を怠ると悲しい事になる。
だから結晶缶を初めて見た時は驚いたなぁ。
それで話は戻るけれど、マリアンヌさんの言った缶詰めというのは、実際にロザリー達が缶に詰められているいうわけではない。
主に仕事とか何かしらの作業がある時に、結晶缶のように部屋に籠って頑張っている、という意味合いで使われる言葉らしい。
つまりロザリーとディは仕事漬けという事だ。大変そうである。
「ディ……じゃなかった、魔王とロザリー、頑張っているんですね」
「ええ。……うふふ」
「どうしました?」
「いえ、レオナルドさんは真面目な方だなと思いまして。魔王様が許可なさっているのですから、お名前で呼んでいただいて大丈夫ですよ」
「あはは……それではお言葉に甘えて、そのまま呼ばせていただきますね。でもそうですか、あの2人が缶詰め……ふふ」
いつも自由に飛び回っているイメージだったから、部屋の中で一生懸命仕事をしている姿を想像して、何となく微笑ましさを覚える。
しかし、そこで僕は「あれ?」と思った。
ディは魔王だからともかくとして、ロザリーは何をしているのだろう。
ほぼ毎日抜け出しているから、何となく忘れがちになってしまうけれど、彼女は一応『囚われの姫』だったはずだ。
その囚われの姫が魔王城で缶詰めとは一体……?
「姫様には孤児院への支援として、シープフェルトでハリネズミのぬいぐるみを作って貰っているんです。お上手なんですよ?」
僕が疑問に思っていると、マリアンヌさんがそう教えてくれた。
……あれ? 僕は何も言っていないような……。
先ほどもそうだけど、なんだか考えている事がマリアンヌさんに伝わっている気がする。
「えっと……僕って分かりやすいですか?」
「うふふ。仕事柄、何となく考えている事が分かるんですよ。でも……そうですね。レオナルドさんは正直ですから。素直じゃない殿方よりも、かわいくて素敵だと私は思いますよ」
か、かわいいい……。
マリアンヌさんに褒められるのは嬉しいけれど『かわいい』は男としてちょっと考えてしまう。さすがにそういう年齢でもないしな……。
でも、うん、褒められた部分は素直に受け取っておこう。
「ありがとうございます。そっか、姫らしい仕事なんですね」
「ええ。姫様の作るぬいぐるみは、孤児院の子供達に大人気なんですよ」
「へぇ、今度見てみたいですねぇ。でも、あの……」
「どうしました?」
「いえ、ロザリーって囚われの姫なんですよね?」
「囚われの姫ですねぇ」
うふふ、とマリアンヌさんは微笑む。
何というか、やっている事が囚われていない姫と同じような気がする。
そんな疑問を抱いていると、
「ちなみに姫様が作った分は、ちゃんと魔王城で買い取っているんですよ」
マリアンヌさんはそうも教えてくれた。
つまりアルバイト感覚という事だろうか。ますます囚われの姫のやる事ではない気がする。
けれど、まぁ、やる事がないのって、なかなか辛いんだよね。
ロザリーにやる気があって、お金も稼げて、魔族領の子供達も喜ぶのならそれで良いかもしれない。
「あっ! もしかしてロザリーが食事代に支払ってくれたお金って……」
「ええ。そのお金ですわ」
「なるほど。実は最初にロザリーが来てくれた時に、前払いで金貨を1枚支払ってくれまして。あの時はとんでもなく驚きました」
「ああ……こちらでもそうだったのですね……。ええ、その、姫様は金銭感覚がちょっと豪快と言いますか……」
マリアンヌさんはそう言葉を濁した。
確かに姫のような立場にいれば、お金を支払う事は知っていても、実際の相場とかは知らないかもしれないね。
魔王城の人達なら悪企みをする事はないと思うけれど、いつかロザリーがお金を騙し取られたりしないか心配になる。
今度ロザリーと出かけることがあれば、一緒に買い物をしてみるのも良いかもしれない。
「……うん、よし。今日はこれにしようかしら」
そんな話をしていると、マリアンヌさんの注文が決まったようだ。
彼女はメニューを指さして、
「それではこの……サンドイッチとコーヒーをお願いしますね」
と、相変わらずおっとりした美しい笑顔でそう言った。




