買い出しの旅 6
ロザリーとディの口喧嘩を仲裁しつつ食事を終えると、僕たちはシロクマ亭を出た。
「レオ、美味しかったね」
「うん、そうだね。ロザリーとディが一緒だったから、いつもよりもっと美味しく感じた」
「ほほーう? そんじゃ、もっと一緒に飯を食わないとだな!」
にこにこ笑う2人に「いいね!」と僕は返す。
そう言えば、こんな風に誰かとわいわい賑やかに食事をしたのはずいぶん久しぶりのような気がする。
『星降り』は一緒にいてくれるけれど食事は必要としないし、元仲間達と食事をする時も、最近はとても静かだった。
あれはたぶん、ギスギスしていたんだろう。
言われてみないと自覚出来ないって、僕は本当に鈍い。
だけど彼女達と一緒に旅をし始めた頃はそうじゃなかった。
くだらない話をして笑い合ったり、将来の夢——例えばこの仕事を終えたら何がしたいかとか、そういう話を普通に出来ていたんだ。
楽しかった。本当に、楽しかったんだ。
冒険者時代もずっと『星降り』と2人で活動していたから、仲間が増えた事が僕はすごく嬉しかった。
だけど、それを僕のエゴが壊した。
そして関係が壊れていた事に、勇者をクビになるまで、僕はまったく気付いていなかったのだ。
ロザリーとディが言ってくれたように、僕は『殺さない』事に関しては、自分を曲げるつもりはなかった。
だから遅かれ早かれ、同じ結末にはなっていたのだろう。
だけど時間が経ってから考えると――やっぱり色々と考えてしまう。
もう少し上手くやれたんじゃないかとか、彼女達の不満に気付けていたらとか。そういう後悔や反省が、自分の中に浮かぶんだ。
何か1つでも違っていたら、例え結果がこうなったとしても、あんな風な別れ方はしなかったのだと思う。
……本当に、今になって考えても、仕方のない事だけどね。
だけど後悔と同時に、こうなって良かったと思う自分もいるんだ。
ずっと敵だと考えていた魔族領でカフェを開いて、ロザリーやディたちと出会えた今の暮らしを、僕は気に入っているからだ。
こんなに穏やかな日々を過ごせる日が来るなんて、勇者をやっていた頃は思いもしなかった。
ずっとあちこち走り回って、休みなく勇者の仕事をしている事が当たり前で、日々をのんびりと楽しむ余裕なんてなかったからかもしれない。
「レオ、どうしたの?」
ぼうっとしていたら、いつの間にかロザリーが近くにいて、僕の顔を見上げている。
おわ、びっくりした。
たまにロザリーって気配を消す時があるよね。
「いや、その……。何かね、幸せだなーってしみじみ思って」
「分かる。シロクマ亭、美味しかったもんね」
ロザリーはこくこく頷いた。
どうやらシロクマ亭の事だと思ったようである。
僕が「そうだね」笑うと、
「食事が美味しいと、幸せ。美味しいのがたくさんだと、もっと幸せ」
彼女はそう続けた。
「あ、それ、分かるなぁ」
「ね」
美味しい食事を食べた時に「美味しいな」って自然に思えると、すごく幸せな気持ちが湧いてくる。
そしてそれは1人よりも、誰かと一緒に食べた時によりそう感じるんだ。
食事は1人でも美味しい。
だけど1人じゃなければもっと美味しい。
味以外の――例えばその空気が、より美味しくしてくれているんだろう。
「レオのご飯も美味しいから、好き」
そんな事を考えていたら、ロザリーがそう褒めてくれた。
ロザリーの瞳に真っ直ぐに見つめられると、何だか照れてしまう。
「あ、ありがとう」
ちょっとドキドキしながらそう答えると、ロザリーはにこっと笑って、また前を向いた。
……良い意味で、ちょっと心臓に悪い。
心臓のドキドキを落ち着かせるために、胸に手を当てて深呼吸をする。
それから視線を歩いている方向へ戻した。
昼過ぎのランプストーンの町は、到着した時よりも賑やかさが落ち着いている。
皆、お昼の休憩中だからだろう。
この時間なら飲食店以外の店は空いているんじゃないかな。
今のうちに、本来の目的である食材や調味料の調達を始めよう。
「そんじゃレオ、まずは何から買うんだ?」
「えーっと……あ! あそこの野菜や果物かな」
メモ帳を確認しながら必要なものを購入して行く。
この町は海辺からは遠いので、やはり海産物系は少ないし値段が高いね。
魚関係の料理は、今のところうちのカフェのメニューにはないので必要はないんだけど、いつかチャレンジしてみたい気持ちもある。
さっきシロクマ亭で食べた鉱魚の煮つけも作ってみたいからね。
「んん? おいレオ、あれって何だ? あの綺麗な奴」
そうして食材や調味料を揃えていると、ふとディが、とある店の商品を指差した。
そこにあるのは虹色の液体の入った小瓶だ。
あれは……虹ハチミツだ、珍しいな。
虹ハチミツというのは『精霊の庵』という場所で養蜂されている蜂から採取できるハチミツの事だ。
精霊の庵の周辺には虹晶花という虹色の花弁を持つ花の群生地があり、その花の蜜だけで作られたハチミツが虹色になる。
その鮮やかな見た目から『虹ハチミツ』と名前がついたんだ。
虹ハチミツはスッキリとした柔らかい甘さが特徴で癖が無く、焼き菓子などにかけると美味しい。
あと紅茶やコーヒーにも合うんだ。僕は紅茶に入れて飲むのが好きだな。
ちなみに虹晶花には癒しの魔力を持っており、体力や魔力も僅かに回復が出来る。その蜜から出来た虹ハチミツにも同様の効果があり、旅の最中でも便利だった。日持ちもするし、美味しいからね。
ただ採れる場所が限られているので、出回る事が少なく、値段も普通のハチミツより高めである。
「あれは虹ハチミツだね。甘さがスッキリとしているから、マリアンヌさんみたいに甘いのが苦手な人も食べられると思うよ」
「ほうほう。それはいいな」
僕がそう言うとディは興味深そうに虹ハチミツを見つめた。
マリアンヌさんというのはディの秘書さんである。おっとりした淑やかなお姉さん、という雰囲気の女性だ。
物腰が柔らかくて声もとても甘いので、微笑んでくれると眩しすぎて直視出来ない気持ちになる美人さんである。
ちなみに彼女もうちのカフェの常連さんなんだ。
来店の半分くらいは、ロザリーとディを探しに来たついでに寄ってくれている、という感じだけどね。
ディから教えてもらったんだけど、マリアンヌさんは夢魔らしい。
夢魔というのは夢に入り込んで……ええと、まぁ、ちょっと大きな声では言えないような大人な夢を見せて魔力を奪う種族の事だ。
そしてマリアンヌさんはディよりも年上らしい。
ディも彼女にだけは頭が上がらないらしいという事を、ロザリーがこっそり教えてくれた。
「悪い、ちょっとあれ買ってくるわ」
「お土産?」
「そうそう。せっかくの機会だからな」
ディはそう言うと、虹ハチミツのところへ歩いて行った。
今の会話の流れだとマリアンヌさんへのお土産にするのだろう。
「たぶんマリアンヌが怒っているだろうから、機嫌を取りたいのだと思う」
「あ、そっちかぁ。やっぱり許可は取っていないんだね?」
「うん。私も怒られる」
ああ、それは……怒っているだろうな。
2人を連れて行った僕も、もしかしたら一緒に怒られるかもしれない。
まずい、それはまずいぞ。
何かこう、マリアンヌさんの怒りを緩和出来るような何かを用意した方が良いかもしれない。
いや、もちろんちゃんと謝罪はするけどね。
マリアンヌさんたちに怒られているディとロザリーを間近で見ているから、自分もそこに加わると想像すると恐ろしくてさ……。
どうしようかと悩んでいると、ふと、町に到着したばかりの頃に見つけた光石ランプの露店が目に入った。
あれから少し時間は経っているけれど、ロザリーとディがおすすめしてくれた光石ランプはまだ残っている。
……そうだ、どうせやるなら『星降りフェア』とかどうだろう。
例の夜間営業の件だ。
ランプが灯った店内で食事をしてもらうっていう感じの。
メニューもその時だけの特別なものを用意して……うん、いいぞ。
考えていたら楽しくなってきた。帰ったら『星降り』に相談してみよう。
「レオ、嬉しそうだね?」
「ん? うん、カフェの事で思いついたことがあって」
「そう。ナイショ?」
「うん、まだナイショ」
「分かった。楽しみ」
本当は直ぐに話したい気持ちもあるんだけど、ちゃんと形にしてからロザリーに知らせたい。
だから、やっぱり2人がおすすめしてくれた光石ランプは必須だろう。
予算的にはだいぶギリギリになりそうだけれど必要な出費だ。
よし、と思いながらディが戻って来るのを待って、僕達は買い物を再開した。
◇ ◇ ◇
ひと通り予定を終えると、僕達は再び馬車に乗り、魔族領へ向けてランプストーンを出発した。
馬車を走らせていると、空がだんだんと橙色に染まり始める。
この分だと魔族領に到着する頃には夜になるだろうな。
そんな事を思いながら、ちらっと荷台の方へ顔を向けると、ロザリーとディが横になって、すうすうと寝息を立てていた。
「むにゃ……美味しいね……レオ……」
「うう……マリアンヌ……これで勘弁して……」
……何となく何の夢を見ているのか分かるなぁ。ふふふ。
2人もだいぶはしゃいでいたし、すごく突かれたんだろう。
「ありがとね、2人も」
微笑ましい気持ちになりながら僕は再び前を向く。
そうして見えた橙色の空には、一番星が浮かんでいた。
少し長くなりましたが、買い出しの旅はこれにて終了。次は再び魔族領でのお話です。




