買い出しの旅 5
「ど、どうしたの?」
急に機嫌が悪くなった事に驚いてロザリーに訊ねる。
すると彼女はその顔のまま、ぼそぼそと口を動かした。
「…………髪の毛の怒り」
「うん?」
するとよく分からない言葉が返ってきた。
髪の毛の怒りって何だろう……?
ロザリーの髪は綺麗だけど、シメオン王子が何かをしたって事なのかな。
僕が首を傾げていると、
「シメオンは、一番年の近い弟」
ロザリーはそう教えてくれた。やはり、複雑そうな声だ。
ロザリーの家族関係については、教えてもらった内容からも少々闇を感じたけれど、もしかしてシメオン王子とも仲が良くないのだろうか。
こういう話題はデリケートだから、あまりストレートに訊くのは良くない気がする。
だから僕は言葉を選んで、彼女に質問する事にした。
「えっと……ロザリーの弟さんって、どんな人なの?」
「良くも悪くもうるさい」
ロザリーは、むう、と口を尖らせたままそう答えてくれた。
良い意味でも悪い意味でもうるさいと評されるあたり、たぶん元気な子なのだろう。
僕もシメオン王子の顔だけは、王城で何度か見かけた事がある。
直接話をした事はなかったけれど、人懐こそうな男の子という印象を受けた。僕に向かって笑顔で手を振ってくれた事もあったっけ。
「えっと、元気な子なんだね?」
「良く言えばそう。……あちこちを走り回って、急に体力切れを起こしてはその場に倒れて寝て、周りを青褪めさせてる」
「お前の弟は何なの」
さすがのディも若干引いていた。
僕はシメオン王子と直接言葉を交わした事がないので、見た目の印象だけで、彼の人となりについては分からないけれど……何となくイメージが出来上がってしまった。
こう……小動物系の子供……。
懐いている相手に、すごくじゃれついてくる感じの……。
「な、なるほど……。でも髪の毛の恨みって一体どういう事?」
「私がディにさらわ……じゃない。ディに散歩へ連れ出された時に、髪の毛を掴まれた」
「ああ、それは……痛かったね」
「うん」
こくりとロザリーは頷いた。
するとそれを聞いたディが、思い出したようにポンと手を鳴らした。
「あー! 思い出した思い出した。あの時『姉様を連れていくなー!』って泣き叫んでいた奴か」
「そう」
「待って待って。泣き叫んでってどういう事なの。ディ、その子に何かしたの?」
「いや、別に何もしてねぇよ? 普通にロザリーをさら……散歩に連れて行こうとしただけだもん」
それは普通と言わないんだけどな……。
そう思ったけれど、話を遮りたくなかったので僕は口を閉じておく。
「それに怪我をさせるのは本意じゃねーからな。こっちから攻撃はしてないよ。……っていうかよ、おいロザリー。散歩って何だよ、散歩って。ついつられて言っちまったけど、もっとマシな表現はないのかよ?」
「十分だと思う。なら訊くけど、どんなの?」
「ほら、こう……あれだよ、とにかくもっと格好良いあれだよ!」
もっとマシな表現はなかったらしい。
まぁ、それは横に置いておいて、だ。
2人の話から考えると、ディはロザリーを攫いに行ったら、そこにシメオン王子がいた。
シメオン王子はさらわれるロザリーを助けようとして、泣き叫びながら彼女の髪を掴んだという事だろうか。
言葉のままを頭の中で再現すると、なかなかすごい光景だな……。
「ちなみに、どういう状況の時に行ったの?」
「午後のティータイムの時間だった」
「そうそう、何か美味そうなお菓子食べてたな。だけどまぁ、別にロザリーじゃなくたって良かったんだよ。誰かを『散歩』に連れて行こうとおもったら、たまたま見かけたのがロザリーだっただけ」
「あの、ディ。さすがに計画性がないんじゃない……?」
「妙な場所でカフェを開いたお前が言うな」
ディにツッコミを入れられてしまった。
確かに僕が言えた事じゃなかった。勢いで魔王城から徒歩5分の距離にカフェを開いたんだから。
「あの時は、シメオンが押しかけてきたから、仕方なくお茶会をしていた」
「仕方なくなんだ?」
「断ったら断ったでうるさいから。でも、あの子はお茶会の間、ずっと話しっぱなしで疲れるから、あまりお茶会をしたくない。……かわいいけど」
「あー、ふふ。なるほどね?」
複雑そうな顔のロザリーの言葉に、僕は思わず苦笑した。
彼女の気持ちは何となく分かる。
いくら楽しくても、ずっと話をするのは疲れてしまうよね。
だけど「かわいい」って言っているから、姉弟仲が悪いわけでもなさそうだ。それは純粋に良かったと思う。
「それで、そこにディがさら……散歩に誘いに行ったんだね」
「そうそう。特に抵抗もなかったんで、脇に抱えて行こうとしたら、姉様を連れて行くなーって、こいつの髪を鷲掴みしていた」
シメオン王子……掴むにしてももっと違うところじゃダメだったんだろうか。例えば手とか脚とか……。
護衛やメイドさん達もいたであろうその場で、堂々とロザリーをさらったディもディだけど。
僕が何とも言えない気持ちでいると、ロザリーが小さくため息を吐いた。
「すごく痛かったから離せって言った。でも離してくれなかった」
「そっか。今は大丈夫? 痛くない?」
「うん」
こくり、とロザリーは頷く。
話を聞いていると、だんだんとどちらが悪役なのか分からなくなってきたな……。
もちろんロザリーをさらった時点で、ディが悪役になるのは分かるよ。
だけどロザリーのシメオン王子に対する説明を聞いていると、立場が逆のようにも思えてしまうんだ。
「それで、その後はどうしたの?」
「切った」
「はい?」
「髪を切った」
そう言ってロザリーは、フードを越しに自分の頭を指さした。
つまりシメオン王子に掴まれて痛かったから、自分の髪をバッサリ切って離させたって事かな。
なるほど、だからロザリーの髪は短いのか。
思い切りが良いと言うか、漢らしいと言うか、ロザリーってかっこいいところがあるよね。僕も見習うべきなんだろうなぁ。
「めちゃめちゃ驚いたわ。ロザリーの髪を掴んだまま離さないから、さすがにかわいそうになってさ。俺の方が手を離そうかと思ったところでそれだよ。あの時は一体何が起きたのかと思ったぞ」
ディはこめかみを押えてそう言った。
確かにその状況を目の当たりにしたのなら、僕も混乱すると思う。
「まぁ、それでな。そのまま何事もなくさら……散歩に出たんだが」
「空の旅は快適」
本当に散歩でもしてきたかのような口ぶりである。
それでも攫ったディもディだけど、ちゃっかり楽しんでいるロザリーもロザリーである。
というか空を飛んだんだ。
「ディって空を飛べるの?」
「ああ。種族的にな」
そう言うとディは、フードの中に隠している自分の耳を指差した。
ディは『フェザーロード』という種族で、耳が鳥の翼のようになっているんだ。
フェザーロードとは鳥のような形の耳と褐色肌が特徴の、魔法に長けた種族である。
本では読んだ事があったけれど、実際に見たのはディが初めてだった。
「耳、にょーんって大きくなって、空を飛んだ」
「何だその気の抜けた効果音は。シャキーンとかシュパーンとかもっと格好良いのにしろ」
「にょーん!」
「シャキーン!」
オノマトペ対決になってしまったけれど、どっちもどっちだと思う。
まぁ、それはともかくとして、羽耳を大きくして空を飛ぶらしい。それはちょっと気になるなぁ。何かの機会があったら見せてもらいたいな。
そんな事を思っていると、ロザリーがふと、指で髪をいじりだした。
そして何か言いたげに僕の方を見る。
「どうしたの?」
「……レオは、髪、長い方が良かった?」
……もしかしてロザリー、髪を切った事を気にしているのかな?
漢らしいって思っちゃったけど、やっぱり女の子なんだなぁ。
「今のショートも爽やかでかわいいから、ロザリーにとても似合っているよ」
もちろんロングヘアのロザリーもかわいいと思う。
だけど僕としては今のショートヘアも好きだな。
最初に見たロザリーの髪型がこれだったって事もあるけれど、短い髪がサラサラと風になびくところとか、とても綺麗だなと思う。
なので僕がそう言えば、ロザリーの顔が何だか赤くなった。
それを見てディがニヤニヤとした笑顔を向けて来る。
「こーのタラシめ」
「え!? いや、だって本当にかわいいよ? ディだって似合うと思うでしょ?」
「いや、俺はロングの方が良いと思う」
ディ……この流れでそれを言うのか……。
正直なのが彼の良いところだけど……。
「ディの頭を丸刈りにする事に決定した」
ほら、ロザリーが怒ってるじゃない……。
ディも「やれるもんならやってみろ」とか煽っているし。
この2人、本当に仲が良いのか悪いのか分からないなぁ。
ま、喧嘩するほど仲が良いとも言うけどね。




