サンタナの塔
「さてと、では桃花よ。初雪楓恋について知っていることを吐いてもらう」
洞窟をでるために、イブたちは歩きながら、桃花から情報を収集していた。
イブは桃花に、ボスである初雪のことを聞く。
すこし、言いにくそうにしていた桃花に、クイナが横から意見を言う。
「伊吹さん、あたしは初雪さんに関してはほとんど何も知らないのね。
だから、不知火さんも多分何も知らないのではと思うのね」
「いや、そんなことはない」
イブはクイナの意見を否定する。
「桃花の持つ『PK不可突破』の力はその特性上、この世界では切り札になるものだ。よほど信頼のおける人間にしか渡せない。
何しろ、桃花が裏切れば、自分がその力で殺されてしまいかねないのだからな。
つまり、桃花は初雪にとって最も信頼できる上に、絶対に裏切らないという確信がある存在というわけだ。
そんな腹心中の腹心が初雪の正体について知らない訳がない」
クイナには思い当たる節があったようだ。
ふむ、と頷いた。
「確かに初雪さんは不知火さんとよく内緒話をしていたのね。
話してもないのにそこまで見抜くとは、さすがイブさんなのね……」
さらに言えば、『PK不可突破』の力を桃花に渡していた時点で、初雪が戦闘に不得手なタイプであることも考えればすぐわかることだ。
本来敵対勢力など、自分で倒してしまった方が早いし、確実だからだ。
そこまでイブは見抜いているのに、なおも話しにくそうにしている桃花。
イブはさらに切り出した。
「桃花よ。お前は友達がいない」
「え!? まぁ、少ないといわれれば否定はせんけど、いないことはないよ!」
「そう、だからその数少ない、いや一人しかいない友達は大切だろう」
「ひとりしかいないとか、まぁ、そうなんだけど。……なぁ、イブはうちのこと忘れとったっていうたやろ。それなのに、なんでそんなにうちのことに詳しいの?」
「嘘に決まってるだろう」
「は?」
「私が今までに出会った人間を忘れるわけがなかろう」
「……なぁ、そんなんで頭パンクせぇへんの?」
桃花は根本的な疑問を呈した。
それに対するイブの答えはあくまでもシンプルだ。
「貴様とは頭の鍛え方が違うからな。足は攣っても走れば治るのだ!」
「いや、頭を鍛えるのと、足を鍛えるのは違うと思うけど……」
「一緒だ。優秀な頭脳は強固な下半身に宿ると言ってもいい。私の伊吹式パーフェクト勉強術を教えてやろう」
「ホンマか!?」
今、悪魔の頭脳を持つと言われる伊吹イブの知能がいかにして作られたかの一端が明らかにされる。
「走れば、脳内の血流量が増す! つまり脳全体が活性化されるのだ!
つまり勉強しながら走れば、身体も脳も同時に鍛えることができる!
二つを同時にできれば時間の節約にもなる! 一石二鳥なのだ!
つまり、朝から晩まで走りとおせば、自然と記憶力は上がるというわけだ!」
「あがらないよ!」
【……脳筋の知識人って初めて見たビッチ】
「よし! うちも朝から晩まで走るよ!」
「うわぁ、ここにも脳筋がひとりいるのね……」
閑話休題。
「貴様は昔から頭が悪かったから、色々と挑発すれば動揺して血気盛んな行動に出ると読んだのだ。特に『PK不可』は早いうちに対処法を確立しなければならなかった」
「それでうちが戦いを仕掛けるように挑発したと」
「その通り」
「……なんと巧みな」
イブがニヤリと邪悪に微笑んだ。
「話を元に戻すぞ。初雪楓恋と桃花は顔見知りだった。そして、桃花にはほとんど友達はいない」
「そう断言されると困るんやけど」
「だからその楓恋のために、貴様は汚い仕事を全部引き受けるつもりだった」
「うう、そこまで見抜かれとる」
「では桃花のそんな友達とは誰か。そこまでするほど仲の良い人物。私には一人しかその人物は思いつかない」
「はぁ、そこまでわかっとるなら、いうわ」
桃花は息を吸い込むとその人物の名を告げた。
「初雪楓恋の正体は伊吹吹雪。イブの双子の妹や」
「「えっ!?」」
桃花の言葉に驚きの声が広がった。
「姐さんには双子の妹がいる!?」
「それが初雪楓恋さんだったなんて信じられないのね……」
一方、イブは唇を噛み締めていた。
「やはり、吹雪か……。あのバカめ」
********
さて、イブには双子の妹、吹雪という存在がいる。
一卵性で顔だけはそっくりだが、性格も能力も似ても似つかない妹がいる。
基本的に全ての面で、姉に劣るのが吹雪だ。
この点にはイブにも非はある。
とにかく、イブは生まれた頃から才覚も意志の強さも圧倒的すぎて、その姉と比較され続けた吹雪は何を思ったか。
劣等感に苛まれ続けて育ったのだ。
現在のイブならば、ある程度は妹をたてることもできるのだが、小学生の頃のイブはそういった配慮が全くなかった。本人も反省しているところである。
つまり吹雪は、負け癖がついていた。
さらに、イブが東京の名門中学で寮生活をすることになり、家を出ていくと、さらに怠けぶりに拍車がかかった。
今ではすっかりイブとは正反対のダメ人間に成長し、学校も行かずに引き籠っていたのだった。
そんな吹雪と桃花は何故かウマが合い、転校後もずっと文通を続ける仲だったのだ。
********
「なるほど、話はだいたいわかった。そこを悪魔につけこまれたというわけだな。
吹雪はダメ人間ではあるが、私の妹だから元々の素質は高い。その上で騙されやすいときている。
傀儡にするにはうってつけだ」
イブはひとり納得するように頷いた。
「桃花よ。吹雪に憑りついた悪魔の名前はわかるか」
「えーと、……確かルシファーと名乗っていたような」
【なんだって!? ルシファーだって!?】
「知っているのか? アダム」
【ルシファーといえば、かつてはもっとも有能な天使と謳われながら、神に謀反をおこして、自ら堕天使となった悪魔。やがては魔王サタンと呼ばれるようになる存在ビッチ。
そして、天界と魔界の戦争での唯一の生き残り。この規模の結界はただの悪魔ではできないと思ってはいたが、それほどの大物が絡んでいたとは……】
「ほう、その話、詳しく話せ」
【簡単な話ビッチ。天界と魔界が戦争を起こした。長い戦争だったビッチ。
その末に悪魔はほぼ死に絶えたが、天界もルシファーによってそのものが封印されてしまったビッチ】
「だから、これほどの大事なのに天使は貴様しか見なかったのか」
「アダムは戦争の間どうしていたんだい?」
【僕は地上に追放されていたから、戦争なんて知らないビッチ。
その頃、僕はウナギの養殖場で働いていたビッチ。そしてワザと養殖池に落ちては、疑似触手プレイしていたビッチ!】
「……」
【ごほん。しかし、力を使い果たしたルシファーは姿を眩ませたビッチ。
奴は、その間に力を取り戻す方法を探していたんだと思うビッチ】
「その方法が、この『情熱のサンターナ』という実際の街をモデルにしたゲームを利用することか」
【おそらく。ルシファーの目的は市民の魂を取り込んで自らの力を取り戻すこと。
結界にこのゲームを利用したのは、単純に力が足りなかったからビッチ。
このゲームというフォーマットを利用するしかなかったと見るビッチ」
「なるほどな。しかし、そのルシファーという悪魔はたったひとつだけ間違いを犯した」
イブの目が、爛々と光る。その表情は悪魔よりもずっと悪魔じみていた。
「この私の故郷と妹に手を出したことは万死に値する。地獄の炎に焼かれることすら生ぬるい……!」
【ひぃッ! 怖いビッチ!】
一行はちょうど、洞窟を出たところだった。
夕焼けがあたりをオレンジ色に染める。
そして、海岸線を一つの影が、黒い線になって、ラインを描いていた。
七瀬がその影を作っている建造物を見上げる。
「いつ見ても、立派な塔だねぇ」
七瀬の視線の先には、巨大な塔があった。
サンタナタワー。
かつては日本で一番高い塔だった。
この街のシンボルとして、650億円もの税金が投入された塔だ。
イブがその塔を睨みつける。
「立派なものか。あれこそがこの街の愚かさの象徴ではないか」
「姐さん?」
「あの塔の建造が始まったのは今から14年前、私が三歳の頃だ。
何故高い塔を建てる?
なんのために?
いずれはアレは市の財政を圧迫するものにしかならないことはわかりきっていたのだ。
だから、私は必死になって、あれの建造に反対した。
しかし、三歳だった私の話など誰も取り合わなかった。
特に村長はあの塔が三棚市の繁栄の象徴になると捲し立て、私を聞き分けのない子だと叱った」
イブは忌々しげに語る。
「塔は完成し、始めのうちは多くの観光客が街に訪れた。
しかし、飽きられるのもすぐだった。
当たり前だ。だたの高いだけの塔に何度も観光客が訪れるものか。
一度来たらそれでおしまいだ。
そして、私が予言したとおり、あの塔は市民の重荷となった。
十年も立てばあれより高い塔は続々と建てられ、今では日本で何番目かに高いだけの塔だ。
それでも、私たちは、ずっとアレに縛り付けられているのだ」
イブは唇を噛み締めた。
「あの時、この塔を建てるという凶行を止められなかったのは私に力がなかったからだ。
だから、もう二度と間違いを起こさせない様に、それを止められるだけの力をつけるように、私は東京にでたのだ。
そして、今ではもっと大きな力を手にして、この地に戻ってきたのだ」
「姐さんにはそんな過去があったんだね」
「でも、イブさん。人は過ちを繰り返すのね……。イブさんが東京で力をつけていた隙に、この街はもっと大きな過ちを犯してしまったのね」
「なんだと……。クイナよ、どういうことだ? 一体、この三棚市はどういう過ちをおかしたというのだ?」
「三棚市クリスタルパレス。その建物は、そう呼ばれているのね」
「……クリスタルパレスだと……?」
「総事業費一兆六千五百億円をかけて建造された、水晶とダイヤを散りばめられた宮殿がこの街にあるのね」
「い、一兆六千五百億円だと!? 塔の十倍に一兆円も加算されてるではないか!?」
「そうなのね。途方もない税金が湯水のように使われたのね……」
「一体なんのために……」
「観光のためなのね」
「な、なんと愚かな……」
イブはふらっと倒れそうになる。
七瀬と桃花がそれを支えた。
「今では、この街を支配する、吹雪さんがそこに住んでいるのね」
「そうか……。都合がいい。吹雪と共に、そのクリスタルパレスとやらも、一度見ておこう」
********
その建物は世界中探しても、これ以上豪華なものは存在しないと断言できるものだった。
壁も、柱も、屋根も、その全ての建築資材を水晶で作られたあまりにも美しい透明さ。
それもそのはず、例えこの柱のひとつですら、家が建つほど高価なものなのだ。
見るもの全てが、思わずため息をこぼすクリスタルパレスの中にある、リビングに伊吹吹雪とその配下、鮫島朱里と鳥野美羽が控えていた。
吹雪はゲームの主人公である初雪楓恋であるため、外見上は楓恋である。
しかし、その白磁のように白い肌や、整った顔立ちはイブを連想させた。
その吹雪は優雅に紅茶を振る舞っていた。
「うふふ、皆さん、ごきげんよう。まずはどうぞ、紅茶を召し上がってください」
「ありがとうございますー」
ゆるふわ系の鳥使いの美羽は、にこやかにそれを受ける。
しかし、脇にいたボーイッシュスポーツ系の朱里は声をあげた。
「楓恋さん、クイナさんと麗奈さんが負けたんですよ。そんな悠長にお茶を飲んでていいんすか?」
「ええー? まぁまぁ、落ち着いて?」
「落ち着いてなどいられないっすよ」
「でも、桃花さんがでていったんでしょ?」
吹雪の問いに美羽が頷いた。
それを見て、吹雪はにっこりと笑う。
「戦闘において『剣聖』不知火桃花が後れを取る事などありえません。私が一番信用している人ですから」
「……まぁ、アタシたちも桃花さんが一番信頼できるとは思ってますけど」
「そうそう、だから大丈夫ですって。仲間を信じて今は待ちましょう。さぁ、クッキーも焼いたんだから、一緒に食べましょう」
「はぁ、美羽はどうする?」
「ワタシも大丈夫だと思うよー。なんだかんだいっても桃花さんが一番強いですからー。それも桁外れに」
「そうだなぁ。やっぱりアタシも心配しすぎたかな?」
頭をポリポリ掻きながら、朱里はクッキーをほおばり始めた。
その様子を見ながら、吹雪は落ち着いて尋ねた。
「それで、侵入者の名前はなんていうんですか? 名前はわかっているんでしょう?」
「ああ、なんでも伊吹イブっていう名前らしいっすよ?」
ガシャンと音がした。
吹雪が手にしていた紅茶をティーカップごと落としたのだ。
「ああ!? 大丈夫っすか!?」
「どうしたんですかー? 楓恋さん?」
「あわわわわ、お、おねーちゃん……」
『おねーちゃん?』
吹雪は震えていた。
もう、分身しているのかといわんばかりに残像が出るほど震えていた。
「すげー! これなら反復横跳びの世界記録が狙えるっすよ!」
「顔が真っ青。大丈夫ー?」
「どどどどどうしよう、おねーちゃんにぬっ殺される!」
「落ち着いてー、落ち着いてー!」
「こういうときはひとっ風呂浴びてくるといいっすよー! 頭がシャンとするっす!」
「そそそそそうね。そうするわ……」
ふらりとおぼつかない脚で、風呂場に入った吹雪は熱々のシャワーを流す。
お湯を浴びて、状況を整理する。
(そう、大丈夫。桃花ちゃんが向かったんだ。いくらおねーちゃんでも桃花ちゃんには勝てない。大丈夫)
なんども大丈夫だと、自分に言い聞かせる吹雪だが、状況は全然大丈夫ではなかった。
クリスタルパレスは水晶でできている。どこもかしこも水晶製。
だから、浴室も水晶でできている。
当然、中の様子も外から見える。
そのことに気付いてないのは、無防備アホの子吹雪だけだ。
(……? なにか視線を感じるような……。まぁ、いいか……)
朱里と美羽はその様子に圧倒される。
「すげーっす! みんな見てるのにあんな堂々と、素っ裸になれるなんて、やっぱり楓恋さんはすげーや!」
「ワタシにはあんなこと絶対できないよー」
クリスタルパレスを守るのはサンタナ市の5万人からの男性市民から選りすぐられた百人の初雪楓恋親衛隊。親衛隊は吹雪のヌードに鼻血ブーになる。
これこそが吹雪こと初雪楓恋が持つ能力『クリスタルカイザービッチ』。
彼女の裸を見た男どもは強制的に虜となり、意のままに操ることができる。
その結果、サンタナ市の男どもは全員彼女の『恋人』となり、53万もの圧倒的女子力を得ることができたのだ。まさに『痴皇帝』の名に相応しい能力だ。
そして、村長は叫んだ。
「これじゃ! これなら観光客がどっさりくる! 山のように観光客がくるぞー! この街は安泰じゃー!」
しかし、当然のことながら、安泰ではない。
何故なら、あの人がその光景を見ていたから。
伊吹イブが。
かの暴力系ヒロインにして、吹雪の厳しい姉である彼女がその光景を見ていたのだ。
凄まじい殺気をまき散らしながら、歯を食いしばっていた。
今にも、その歯が砕けそうなほどに食いしばっていた。
その様子に、他の全員が震え上がった。
「あのバカが。乙女が、清らかな乙女がその柔肌を不特定多数の前にさらすだとぉ……」
【……あわわわわ、イブさんが激おこビッチ。激おこぷんぷん丸だビッチ】
「……ね、姐さんどうか落ち着いて……」
「イブさん! そんなに怒ったら血管が切れるのね!」
「吹雪は悪気があって、あんな痴態を晒しているわけじゃなくて、なんていうか鈍いところがあるだけなんや。天然なだけなんや!」
「うるさい!」
『ひぃ!』
「吹雪よ……。貴様は乙女として絶対許されないことをした! この私が矯正してやる!
そして、思い知るがいい。乙女のたしなみが、いかに尊いものかをな!」




