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イブさんといっしょ! ~乙女ゲー編~  作者: 岡サレオ
最終章~『妹キャラ』吹雪編
25/26

暴力系ヒロインの大暴れ

「ふう~、いいお湯でした」


 お風呂に入ってさっぱりした吹雪がパジャマ姿で現れる。

 美羽と朱里はそれを迎えた。


「落ち着きましたー?」

「はい、もう大丈夫です」

「それはよかったですー」

「水をどうぞっす」


 朱里は空のコップを取ってくると、そこから水が溢れてくる。

 よく冷えた水を吹雪に手渡した。


「ありがとう。それにしても便利ね、その能力」

「へへ。ボクは『水』を司る力を持っているっすからね。でも、それだけが能ってわけじゃないっす。

 誰にも教えていない『切り札』もあるっすよ」


 朱里は少し自慢げに胸を反らす。

 もちろん、朱里だけでなく美羽にも奥の手は存在する。

 吹雪はそんな二人に感心した。


「まぁ、それは頼もしいですね」 

「だから、何かあれば任せてほしいっすよ! それにしても、桃花さんは遅いっすね!」

「そういえばそうですねー、やっぱりちょっと心配だし、鳥に探らせましょうかー」


 美羽はフクロウを一匹呼び寄せる。

 彼女の『風』の能力ならば、偵察にいかせるなど、簡単だ。


 『水』を操る鮫島朱里と、『風』を操る鳥野美羽は、『水神風神コンビ』と呼ばれるほど、仲がいい。

 二人が力を合わせたなら、限定的には『剣聖』不知火桃花を凌駕する。

 水神風神コンビに守られている吹雪には隙がなかった。


 飛び去ったフクロウが帰ってくる前に、吹雪が声を上げた。

 外を指差す。


「あ、あれ! 桃花ちゃんがいる!」

「ホントっすね! おーい!」


 外には桃花が所在なさげに立っていた。

 朱里が手を振って、現れた桃花を呼び寄せる。

 しかし、桃花は動かない。逆に「こっち、こっち」と手招きしていた。

 彼女の顔は心なしか引きつっていたようにも見えた。


「どうしたのかしら?」

「なんか変っすね?」

「うーん、でも今帰ってきたフクロウによると桃花さん一人みたいですよー?」

「ちょっと行ってみましょうか?」


 外で棒立ちの桃花の元にパタパタと駆けだした三人娘たち。

 桃花は相変わらず、青い顔で手招きしている。


「桃花ちゃん、どうしたの?」


 心配そうに気遣う吹雪に、桃花は顔を引き攣らせながら告げた。


「吹雪、ごめん。うちはイブをとめられへんかった」

「えっ!? じゃ、じゃあ、おねーちゃんが来るの?」


 桃花は首を縦に振る。


「うん、っていうか、もう来てる」

「えっ!?」

「あれを見て」

「?」


 桃花は指を差した。

 指先のしめす方向には、先程まで吹雪たちがくつろいでいたクリスタルパレスがあった。

 総工費一兆円を超える超豪華宮殿である。

 既に夜に差し掛かったこの時間帯はさらにライトアップされて、絢爛豪華さが増している。


 するとクリスタルパレスを守る、百人の吹雪親衛隊の男たちの中から一人の老人が前に出る。

 このサンタナ市、サンタナ村の村長だ。


「ふぉっふぉっふぉ、いつ見ても素晴らしい建物じゃろう。

 一流の建築家が設計し、一流の職人によって作られた匠の技が光るこの宮殿。

 その全てを水晶で作られたクリスタルパレス。

 世界中探してもこれほどの建築美の極みはお目にかかれまいて。


 建造当初は観光客で行列をなしとった。

 それこそサンタナタワーとは比べ物にならんほどじゃった。


 まぁ、一か月もすれば客足は減ってきたが、それは誰も住んでおらん建物には魂がこもっておらんからじゃ。つまり、画竜点睛を欠いた状態じゃったのじゃ。

 つまり、相応しい主がいてこそ真の完成を迎えるのじゃ。


 楓恋様ならこのクリスタルパレスに負けぬ、相応しい造形美の持ち主じゃ。

 あなた様がここにお住まいになったなら、これ以上もない起爆剤となるじゃろう。


 クリスタルパレスとそこにお住まいする楓恋様を見るために、日本中から観光客がどっとくる。

 街は人でごった返すことになるのじゃ。

 このクリスタルパレスこそ、サンタナ市の新しいシンボルとなるのじゃ!」



 熱のこもった持論を自慢げに話す村長の話など、桃花はまったく聞いていなかった。

 大事なことは、クリスタルパレスから人を『避難』させること。

 

 吹雪たち三人をここから連れだすことこそが、桃花に言い渡されていた使命であった。

 

「吹雪、クリスタルパレスの姿をよく見て」

「桃花ちゃん?」


 吹雪が桃花のいう事に首を傾げながら、クリスタルパレスに視線をうつした瞬間だった。


 閃光が走った。

 大爆発が起き、クリスタルパレスは粉々に砕け散った。


「ッ!?」


 耳をつんざく様な凄まじい爆発音と、それとともに襲いかかる肌を焼く熱風。

 吹き上がる真っ赤な火柱と黒煙。


 その衝撃波は周囲にいたすべてをなぎ倒す。

 吹雪を含めたほとんどの人間がひっくり返った。


「うわああぁあ!?」

「やばいっす! クリスタルの欠片が飛んでくるっす!」

「危ないー!」


 砕け散る水晶のかけらと、叩きつけるような砂塵。

 それらがさながら散弾銃のように吹雪たちを襲う。

 しかし、彼女らを庇うように桃花が立ちはだかった。


「桃花ちゃん!?」

「吹雪、さがってて。うちが守ったるからな」


 桃花は腰から一本の刀を抜く。

 小ぶりの刀だが、一目でそれが業物だとわかる。

 そして、彼女の手にはしっくり馴染んでいた。

 猛烈な速度で飛び散るクリスタルの欠片を、桃花が脇差『桃仙母とうせんぼ』で次から次へと切り伏せて、吹雪たちを守る。

 悪魔に魂を売って魔剣『陽炎』を使用していた桃花だが、以前はこの脇差を片手に戦っていたのだ。


「裏切ってすまなかった! やっぱりうちはお前が一番や!」


 友達がいなかった桃花の戦友。エア友達『桃仙母』を再び握った桃花が躍る。

 剣術は人を殺す為ではなく、守るためにあるというのが先代『剣聖』の教えだ。

 桃花はその事を思い出していた。

 そして、彼女は心に決めたのだ。


「これからは誰かを守るために剣を振るう! もうこの目に映る誰も傷つけさせない!」


 桃花の新しい剣の結界が吹雪たちを守る。


 そして、すぐ横にいた村長が「ファー」と叫びながら、クリスタルの破片を体中に浴びていた。

 グサグサグサっと全身に水晶片が刺さりまくる。

 桃花はその様子から目を逸らしていた。


「全然守れてないじゃないっすか」

「……いや、うちの瞳に映る誰も傷つかんようには頑張る。

 村長はうちの視野の外におったからあかんかったんや。うちは悪くない」


 ホントは村長にいやらしい目でジロジロと乳を見られていたので、桃花は敢えて助けなかっただけである。


 爆風が止んだ時、そこには血だらけの村長がいた。

 しかし、村長は自分の怪我のことなど忘れているかのようだった。

 自分の命よりも大切なものが壊されたのだから。 


「わ、わしのクリスタルパレスが……。こ、木端微塵に……」


 村長は震えた。

 俯いて、涙を流した。


 彼の思い描いていたプランが、水泡に帰したのだ。

 水晶でできたクリスタルパレスは中が見え放題である。

 それを利用して、超絶美少女を住まわせて、その生活を見せることにより、日本中、いや世界中から脂ぎった男たちが来るであろうという完璧な計画が頓挫したのだ。

 動画配信や関連商材やグッズ販売なども計画していたのに全部ダメになったのだ。

 それだけではない。クリスタルパレスの建造費は膨大だ。

 まだ、まったく元が取れていない。その分の負債はダイレクトに街の財政を圧迫するのだ。


 村長は顔を上げた。自分の怪我を忘れて吠えた。


「この建物がいくらしたかわかっておるのか! 誰じゃッ! 一体誰の仕業じゃッ! この爆破は誰がやったんじゃ!?」


「この私だ!」


 その凛とした叫び声が聞こえたのは崩落したクリスタルパレスのあった場所。

 轟々と爆発の残り火が燃え上がるその場所から、一台の車が現れた。

 

 それは黒塗りの高級車だった。

 しかし、異様な存在感と迫力をもった車だった。

 しかも、この地獄の業火のような炎の中から現れたにもかかわらず、焦げひとつついていない。


 そして、吹雪の目が開く。

 その車の助手席に、決して忘れることのできない少女が乗っていたのだから。


「おおおお、おねーちゃん!?」


 そう、その車に乗っていたのは伊吹イブ。

 世界最強にして究極完成形の暴力系ヒロインその人だ。

 

 彼女が暴力を振るうと決めた今、いかなる砦だろうがなんだろうが破壊することに一切躊躇がない。

 それが、いかなる資産価値があろうともだ。


 武器密輸組織ジャッカルの爆薬をありったけ使い、クリスタルパレスを爆破したのだ。

 イブが車のパワーウィンドウを下げて、声をかける。


「吹雪よ、迎えに来たぞ。そして、貴様がその身に宿す悪魔ルシフェルを追い出すのだ」

「おおお、おねーちゃんがここにいるということは、ここにいる桃花ちゃんは」

「不知火桃花なら私に敗れ、私の軍門に下った。私の命令に従って、貴様をおびき寄せたのだ」  

「そ、そんな」


 吹雪はちらりと桃花を見る。


「本当や。魔剣『陽炎』はイブに叩き折られた。うちの完敗やった」

「え、ええー? なんで『剣聖』がただの女子高生に負けるの?」

「イブはタダの女子高生やない。拳聖歴代最強と言われた『白龍拳聖ホワイトドラゴンゴッドハンド』や。最初からうちで勝てるような相手やなかったんや」

「拳聖? 剣聖? けんせー? なにいってるの……?」

「うちが剣聖。イブが拳聖や」

「どっちがどっちかわかんないよ……」

「なんや、自分の姉のことを全然知らんのか?」


 イブが桃花に説明する。


「吹雪は私と違ってあまり荒事に向いた性格ではなかったからな。

 裏の世界で生きる私の肩書は下手に知らせない方が良かったのだ」


「なるほど。箱入り娘という訳やな」


「しかし、それゆえに世間知らずに育ってしまった。その挙句が、今回の件だ。

 今回の事件は私の身内への甘さが招いたといってもいいだろう」


「何をごちゃごちゃといっておるんじゃ!」


 怒鳴り散らしたのは村長だ。

 村長は吹雪親衛隊百人でイブの乗る車を囲む。

 イブは村長を見て懐かしそうな顔をした。


「久しぶりだな。村長よ」

「だ、誰じゃ、お前は? わしはお前なんか知らん!」

「ふん、私の顔すら忘れてしまったのか。

 あの塔を建てることがどれほど街に暗い影を落とすか忠告したこの私の顔を忘れるとは。

 そして、ふたたび同じ過ちを繰り返す。救いようがない。まさに白痴だな」


「??? ……わけのわからんことを。そんなことよりも、……よくも、よくも、クリスタルパレスを爆破してくれたなぁ!」

「あんな破廉恥な施設壊してしまった方が街のためだ。

 なんだ、あの発想は? 品性を疑うぞ。

 あれではストリップ小屋と一緒じゃないか」

「ななな、なんじゃとぉ!? 高尚なクリスタルパレスをストリップ小屋だとぉ! 許さん! 者ども、かかれ!」


 百人の屈強な男どもが一斉に車に襲いかかる。

 運転席の七瀬が叫んだ。

 

「姐さん! どうする!? 全員跳ね飛ばすことも簡単だよ!」

「いや、この私が直々にやろう」


 ドアを開き、優雅に車から降りたイブ。

 その右肩にはアダムを背負っていた。


「私のような可憐な少女を、寄ってたかって集団で襲いかかり、暴力を振るおうとは、貴様らは人間の皮を変わった畜生以下の連中よ。ならば、この私も貴様らには相応の処遇を科さねばならない!」 

【あの、僕も車の中で見学していたいんだけど、なんで僕まで担ぎ出したビッチ?】

「ふふふ、まぁ見ていろ」


 襲いかかる親衛隊のひとりにイブは狙いを定め、怪鳥のように飛び上がる。


「伊吹式パーフェクト恋愛術、恋のキャッチ&リリース!」


 イブはアダムの両足を広げ、まるで槌のようにアダムをケツから振り下ろす。


【あう!?】


 親衛隊の一人はアダムのケツの穴に頭から突っ込まれ、そのまま直腸アイテムボックスに収納された。

 アダムのケツの穴からは「暗いよ~! 臭いよ~! 誰か助けて~」と男の悲鳴が聞こえてくる。


「な、なんて残酷な……」


 イブの見せたあまりの残忍な戦法に親衛隊は後ずさりする。

 そして、アダムの尻からは「怖いよ~。誰か、ここから出して~」と泣き言のような悲痛な声が聞こえてくる。

 その声を聞いて、イブは笑った。

 この世のものとは思えないほど、凄絶で、そして美しい笑顔だった。


「そうか、ならば出してやろう。いけ! アダム!」

 

 アダムの腸内で、メタンガスの圧縮により、親衛隊の男には超高圧の圧力がかけられる。

 男は腸をすべるようにして滑走していき、発生したプラズマによるローレンツ力が加わり、さらに腸内ガス爆発による加速度的加速が男におこった。


【う、産まれるー!】

解放リリース!」


 アダムとイブの声が重なる。

 そして、アダムのケツから射出された男の圧倒的速度は、まさにとある科学の腸電痔砲レールガン


 車の中でクイナが「またかよ!」とツッコミをいれていた。

 まさかの腸電痔砲レールガンふたたびである。


 超伝導の超高速で飛び出した男は他の親衛隊の男たちをなぎ倒す。

 さらにイブは他の親衛隊を先程と同じように捕獲しては、弾丸にして倒していく。

 まさにキャッチ&リリースだ。


「ひぃ、悪魔だ!」

「悪魔がいる!」

「誰か助けてー!」


 地獄のような光景が広がっていた。

 逃げ惑う親衛隊を捕えては、アダムのケツに押し込み、射出する。

 弾丸にされた男はもちろん大けがを負うが、それは塩で治る。


 母なる海から作り出された塩は生命の源であり、海を臨むサンタナ市の特産物だ。

 大抵の怪我なら、塩をかければ治ってしまう。

 この『情熱のサンターナ』においては、塩は回復アイテムに当たるのだ。

 塩をかければ、人間砲弾にされても大丈夫!


 弾丸にされた男の肉体の破損は塩によって治るかもしれない。

 しかし、心の傷は塩では治すことができないのだ。

 ものすごい速度で親衛隊の男衆たちにトラウマを残していくイブ。


 村長はその地獄絵図に腰を抜かしてしまった。

 そして、イブは村長をアダムのアイテムボックスに収納したのだった。


「怖いのじゃー。暗いのじゃー。助けてほしいのじゃー」

「見ろ! 吹雪! この男たちのトラウマは貴様のせいでつくられているのだぞ!」

「ひいぃっ、ごめんなさい!」

「楓恋さんを苛めるなっす!」


 吹雪を庇うように現れたのは、乙女五芒星の最後の二人、鮫島朱里と鳥野美羽。


「桃花ちゃんを倒したみたいですけど、私たち二人が手を組めば桃花ちゃんを以上の力を発揮しますよー!」

「果たして、お前に、ボクたちを倒せるっすか!?」

「ほほう、面白い。ならば二人ともかかってくるがいい」


 イブはアダムをポイッと捨てて、二人の方へ悠然と歩き出す。

 対する美羽が両手を広げる。


「さぁ、来なさい! わが眷族たちよ! その翼を広げ、この者を打ち倒せ!」


 恐るべき中二詠唱が始まった。彼女の切り札の一つであり、彼女の本性である。

 聞いているだけで、思わず恥ずかしくなってしまう中二詠唱は『空気』が読める人間すべてを居た堪れない気持ちにさせて、判断力を大幅に低下させてしまう恐るべき猛毒の風の力。


 そして彼女の持つ真の『風』の力で、市の大空すべてに彼女の声が届く。

 鳥を操る彼女の能力名は『ビッチコックの大傑作トリノトリガー』。

 サンタナ市の全ての鳥を操り、イブに向かわせる。

 

 しかし、大空には鳥の影がひとつも見当たらない。


「……? おかしいわ。なんで、鳥さんがこないのー?」

「その答えはアタシが答えてあげるのね!」

「あなたは、新房クイナ!」


 車からでてきたのは新房クイナ。

 彼女は自分のお腹をポンとたたく。


「テリヤキ、焼き鳥、チキンカツ……。どれも美味しかったのね!」

「な、何を言っているのー?」

「これだけいってもわからないのね? やはり、お前はハチミツのように甘いのね!」

「ど、どういうことよ! 鳥さんたちがどうしたっていうのー!?」

「鳥さんたちはアタシの胃袋の中なのね!」

「なにー!?」

「あたしの『腹ペコヒロインレクイエム』に食べきれないものはない! どんな食べ物でも胃袋の彼方に葬り去るのね!」

「な、なんだってー?」

「鳥さんたちみんな美味しかったのね! サンタナ市の鳥は全て食べ尽くしてやったのね! お前の力を封じるために!」

「そ、そんなぁ……」


 鳥を操る力を持つ美羽は、その力を封じられればもうただの女の子と同然だ。

 心が折れた美羽の身体から、悪魔の力が抜けていく。

 美羽の身体が変化していく。鳥野美羽は姿を変え、元の契約前の女の子に戻ってしまった。

 包帯ぐるぐる巻きの少女の姿にかわり、そのまま気絶して、横たわってしまった。

 ちなみに美羽の本名は本居由紀子。包帯は怪我をしているというわけでもなく、中二ファッションである。

 

「み、美羽が……。ここらの鳥を喰らい尽くすなんて、なんて残酷な奴ら!」

「そんなものブラフに決まっているだろう?」

「ッ!?」

「見事、そこの女は信じて心が折れたようだ」


 イブの間髪いれない答えに、朱里は絶句する。


「ここらの野鳥を絶滅させれば、生態系に深刻なダメージがあるだろうが。それでは街を救いに来た目的と本末転倒だ」

「じゃあ、鳥たちはどうしたっすか?」

「私の訓練された声帯は人間には聞き取れない音域すら出すことができる。

 伊吹式パーフェクト恋愛術『恋のささやき戦術』によって、ここら一体の鳥は全て一時的に聴覚に異常をきたし、飛べなくなっただけだ。すぐに戻るだろう」


「くそ! 何て奴らだ! こうなれば、ボクが相手っす。ボクを美羽みたいに甘く見ない方がいいっすよ!」


 朱里の身体が、メキメキと変化していく。この肉体変化術こそが彼女の切り札。

 海がある三棚市には人魚姫伝説が存在する。

 鮫島朱里はそれをモチーフにして作られたキャラクター。


 『ホオジロザメ』の魚人、『床ジョーズ』なのだ!


 床ジョーズは魚の概念を覆し、床を水のように泳ぐ。

 ホオジロザメのパワーとスピードで、回遊魚のような猛烈な速度で突進する。

 彼女の体当たりは、装甲車など簡単に吹き飛ばしてしまう。

 

 その猛烈なタックルがイブを襲う。

 しかし、イブはくわっと目を見開いた。


「伊吹式パーフェクト恋愛術、恋の細胞お裁縫!」


 ここでついにイブの理不尽すぎる強さの秘密が明らかになる。

 彼女の強さの秘密。

 それは細胞にある。

 彼女が己の全ての細胞と対話し、自在に操れることは、既に新房クイナ戦で明らかになっている。

 しかし、イブの細胞操作はさらに先がある。形質変化にまで及ぶのだ。

 それが『細胞お裁縫』と名付けた技なのだ。


 イブは筋繊維に語りかけ、長い時間をかけて、形質を変化させていったのだ。

 細く、長く、ひも状の形質に。

 そして、それを結び合わせる。

 何本も、何本も寄り合わせたそれは頑丈なロープのような束になる。

 ロープ状に紡ぎ合わせた細胞をさらに幾重にも結い合わせ、強度と耐久性と伸縮性を限界まで強化している。

 イブの細胞は人間の、いや地球上の生物である遺伝子を持ちながら、地上のどんな生物ともすでに別物なのだ。

 その限界まで強化した筋力で思いっきり振りかぶる。その姿は正しく地獄の悪鬼。オーガそのものだ。

 ならばいかに鮫の持つ凶暴性も、凶暴なる地獄の大鬼には通用しない。 


 イブを食いちぎろうとした床ジョーズだが、イブの拳はその頑丈な歯を殴り砕く。


「いてえっ!? なんて拳だ!」

「乙女のお強敵ともだちパンチは、親父の鉄拳よりも痛いぞ! それでも噛みつくか?」

「抜かせ! 鮫の歯は何度でも生えてくるさ! 今度こそお前をかみ砕いてやる!」


 すぐさま新しい歯が生えてきた床ジョーズに対して、イブの口角がつり上がる。


「ならば、覚悟して喰らうがいい! 『恋の乱れ打ち』!」


 イブの拳の連打が床ジョーズを襲う。

 次から次に再生する歯を、すぐさま殴り砕いていき、やがては再生が追いつかなくなる。


「ななななな、なんだお前は!?」

「ふふふ、私の名前は伊吹イブ。

 そして、ちょっとせつない一夏の思い出メインディッシュを召し上がるといい!

 伊吹式パーフェクト恋愛術『恋の打ち上げ花火』!」


 床ジョーズの最後の歯をへし折ったイブは、アッパー気味に殴り飛ばす。


「ぐえぇええッ!?」


 一トンを超える床ジョーズのその身体が宙を舞う。

 信じられない光景を目に、誰もが目を疑う。


 そして、勝利の確信をして、笑うのはイブひとり。

 

 殴り飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられた床ジョーズは失神して、心が折れた朱里は失神して、契約前の女の子に姿が戻ってしまった。

 彼女の本名は羽鳥あげは。歯並びが悪くて歯科矯正している女の子だった。


 イブは朱里だったものが、元の姿に戻ったのを確認すると、吹雪の元に歩き出す。

 これで、吹雪を守る乙女五芒星は全て陥落した。


「さて、では、吹雪よ。貴様の処遇をどうするか」

「ひぃ、ひぃいいい!」


 吹雪はその悪夢のような光景に悲鳴を上げるしかなかった。

 そのとき、彼女の心は完全にへし折れた。

 

「あばばばばば」


 吹雪の口から、そして体中から紫色の煙が溢れ出す。

 そして、紫煙は人の形を作った。

 それは悪魔そのものだった。


【あ、あらわれたビッチ。奴がルシファー……!】


 ルシファーと呼ばれた悪魔は顔を上げた。

 一見、端正な顔立ちの青年のように見える。

 しかし、その威圧感は空気が圧迫するような息苦しさを周囲に与える。

 まさしく、魔王と呼ばれたものの風格であった。

 

「……、貴様ら、よくも、俺様の邪魔をしたな……」


 ルシファーが出す強者の気配はそれまでのものとは別格だった。

 ビリビリと大気が震える中で、かの大悪魔と真正面から睨みあう、清楚可憐な美少女伊吹イブ。


「……」

 

 その黒曜石のように黒い瞳は何を映す。

 果たして、イブに勝算はあるのだろうか。


 最後の戦いが今、始まろうとしていたのだった。


 

      

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