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逃走配信

『推定到達まで35秒』


ノアの声が静かに響く。


レンは硬直したまま玄関を見る。


「いやいやいや、35秒って……!」


『訂正』


『現在29秒です』


「減るの早ぇよ!」


イオリはモニター越しにため息をついた。


『ぼーっとしてると本当に捕まるわよ』


「どうしろってんだよ!」


『逃げなさい』


『簡単でしょう?』


「どこが!?」


レンは慌てて立ち上がる。


頭が追いつかない。


昨日までただの一般人だったのに、なぜ国家組織から逃げる流れになっているのか。


意味が分からない。


ノアが即座にウィンドウを展開する。


【周辺建物マップ】


【逃走ルート表示】


赤いラインが空中へ表示された。


『ベランダ方向を推奨』


「ここ六階なんだけど!?」


『問題ありません』


「あるだろ!!」


その瞬間。


――ドン!!


玄関側から重い衝撃音。


レンの背筋が凍る。


『管理局部隊、接触開始』


『ドア突破まで推定12秒』


「早すぎるだろ!?」


イオリが冷静に言う。


『処刑人がやられた時点で、あなたの危険度は跳ね上がってる』


『今来てるの、普通の部隊じゃないわよ』


レンは青ざめた。


ノアが静かに続ける。


『提案』


『荷物は最低限にしてください』


「最低限って何持てばいい!?」


『充電器』


「現実的だなお前!?」


『スマートフォン』


『携帯端末』


『カロリー効率の高い食品』


『替えの衣類』


「避難ガチ勢かよ!」


だが身体は自然に動いていた。


財布。


端末。


パーカー。


適当にバッグへ突っ込む。


その時。


スマホ通知が再び爆発する。


【現在、あなたの配信切り抜きが急上昇1位です】


【登録者数:42万人】


「……は?」


昨日まで二桁だった。


意味が分からない。


『おめでとうございます』


ノアが言う。


『収益化条件を達成しました』


「こんな状況で嬉しくねぇよ!!」


――ドゴォン!!


玄関が大きく歪む。


『侵入まで5秒』


レンは顔を引きつらせた。


「マジで来てる……!」


イオリがモニター越しにレンを見る。


『最後に一つ忠告』


「なんだ」


『もう“普通”を捨てなさい』


その声は、少しだけ重かった。


『あなたはもう、世界の注目対象よ』


通信が切れる。


同時に。


玄関が爆発した。


黒い装甲服の部隊が雪崩れ込む。


『対象確認』


『霧島レンを拘束します』


「うおおおお!?」


『ジャンプしてください』


ノアの声。


レンは反射的にベランダへ飛び出す。


「いや死ぬ死ぬ死ぬ!!」


六階。


普通なら終わりだ。


だが。


『着地補助ルートを表示』


赤いライン。


隣の非常階段。


配管。


室外機。


次々とルートが見える。


レンは歯を食いしばった。


「クソがぁっ!!」


跳ぶ。


風が全身を叩く。


落下。


心臓が止まりそうになる。


だが。


『右足から着地』


言われるまま動く。


衝撃。


痛い。


でも折れてない。


そのまま非常階段へ転がり込む。


『成功です』


「成功じゃねぇ……っ!」


レンは荒く息を吐く。


だが休む暇はない。


上階から怒号。


『対象が逃走!』


『追跡開始!』


『確保を優先しろ!』


ノアが静かに言った。


『提案』


「なんだよ!」


『配信を開始してください』


レンは固まる。


「は?」


『現在、あなたの最大防御手段は“世論”です』


『公開状態を維持した方が、生存率が上昇します』


レンは目を見開いた。


……確かに。


今の自分を、国家は簡単には消せない。


世界中が見ているから。


ノアは続ける。


『あなた一人では弱者です』


『ですが観測者が増えるほど、相手は制限されます』


レンは数秒迷った。


でも。


結局。


苦笑する。


「……配信者ってのも、案外悪くねぇな」


【LIVE START】


配信開始。


数秒で視聴者が雪崩れ込む。


『来たあああああ!!』


『逃走編!?』


『マジで追われてる!?』


『映画かよ!!』


『生配信で国家から逃げる男』


レンは走る。


夜の非常階段を。


ネオンに染まる街を。


その隣で、ノアが静かに言った。


『質問があります』


「今か!?」


『なぜあなたは、恐怖しているのに笑うのですか?』


レンは少しだけ息を切らしながら答えた。


「……知らねぇよ」


『理解不能です』


「だろうな」


でもその瞬間。


ノアはほんの僅かに。


本当に僅かにだけ。


楽しそうに見えた。

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