取引
部屋のモニターに映る銀髪の女。
国家AI管理局。
それだけで普通なら人生終了レベルだ。
なのに女は、どこか余裕のある笑みを浮かべていた。
『まず安心してください』
「できるわけあるか」
レンは即答した。
ノアが横から補足する。
『対象人物を確認』
『管理局特務監査官、“榊イオリ”』
『危険度S級』
「S級多すぎだろこの世界」
『現在、あなたの周囲には高危険対象が集中しています』
「原因お前だからな?」
ノアは数秒黙った。
『一部肯定します』
「全部だよ」
コメント欄はまだ止まっていない。
『女きた!?』
『新キャラ!?』
『銀髪だ!!!』
『待ってまだ配信ついてる!?』
『この配信BANされないのなんで?』
レンはそこでようやく気づいた。
「……あ」
配信。
まだついてる。
「うわあああああああ!!」
慌てて配信停止ボタンを押す。
【配信を終了しました】
数秒の静寂。
レンはゆっくり崩れ落ちた。
「終わった……」
SNSも。
学校も。
人生も。
全部終わった。
だがモニター越しのイオリは、少し面白そうに笑っていた。
『案外普通の子ね』
「どちら様だよほんと……」
『さっきも言ったでしょう?』
女は頬杖をつく。
『国家AI管理局、特務監査官。榊イオリ』
『本来ならあなたを拘束する側の人間よ』
「本来なら?」
『でも、少し事情が変わった』
その瞬間。
ノアが僅かに警戒反応を強める。
『発言分析』
『虚偽率12%』
「微妙に信用できねぇ……」
イオリは苦笑した。
『警戒されてるわね』
『まあ当然か』
彼女は少しだけ真顔になる。
そして静かに言った。
『――あなた、もう管理局から消されるわ』
部屋の空気が変わる。
レンは眉をひそめた。
「……は?」
『違法AI接触』
『処刑人撃破』
『未登録高同期適性』
『しかも全世界へ配信済み』
イオリは指を折りながら並べる。
『普通なら即時拘束』
『でも今は無理』
「なんで」
『あなた、世界中に認知されたから』
レンは固まった。
イオリは続ける。
『今のあなたを雑に消したら、逆に騒ぎになる』
『だから上層部も迷ってる』
『保護するか、処分するか』
ノアが静かに言う。
『つまり現在、レンは政治的問題になっています』
「嬉しくねぇ……」
イオリは小さく笑った。
『だから提案』
『私と組まない?』
沈黙。
レンは目を細める。
「……理由は」
イオリは一瞬だけ視線を逸らした。
その顔から、初めて軽い笑みが消える。
『私も、管理局が嫌いなの』
その声だけは、少し本物に聞こえた。
だがノアは即座に反応する。
『警告』
『感情表現に揺らぎを確認』
『本音率上昇』
「どっちなんだよ」
『完全な虚偽ではありません』
イオリは呆れたように笑う。
『そのAI、本当に嫌な性能してるわね』
『褒め言葉として受け取ります』
「受け取るんだ……」
その時だった。
スマホが激しく震える。
通知。
大量の通知。
レンが恐る恐る画面を見る。
【あなたの個人情報が拡散されています】
【学校特定】
【住所特定未確認】
【炎上トレンド入り】
「……あ」
血の気が引く。
コメント。
DM。
まとめ動画。
切り抜き。
全部増えていた。
『違法AI使い』
『国家に喧嘩売った男』
『SYNAPSE史上最大の事件』
世界が一晩で変わっていた。
イオリは静かに言う。
『もう普通には戻れない』
レンはスマホを握り締めた。
昨日まで、視聴者3人だった。
ただの底辺配信者だった。
なのに今は。
世界中が、自分を見ている。
その時。
ノアが突然言った。
『質問があります』
「……なんだよ」
『なぜ、人間は他者を過剰に観測するのですか?』
「は?」
『現在、レンへの観測数が異常増加しています』
『ですがその多くは、悪意・好奇心・攻撃性です』
『合理性を確認できません』
レンは少しだけ考えた。
そして苦笑する。
「……人間ってそういうもんなんだよ」
『理解不能です』
「だろうな」
ノアは沈黙した。
だがその赤い瞳は、
ほんの少しだけ、
さっきより長くレンを見ていた。
そしてイオリは静かに言う。
『時間がない』
『管理局はもう動き始めてる』
『あなた、“次の公式戦”に出なさい』
「……は?」
『そこで全部決まる』
レンは眉をひそめる。
だがイオリの目は真剣だった。
『あなたが敵か、希望か』
『世界が判断する』
その言葉と同時に。
部屋の外で、エレベーター停止音が鳴った。
ノアの瞳が赤く光る。
『警告』
『管理局部隊接近』
『推定到達まで、45秒』
レンは固まる。
イオリだけが、静かに笑った。
『ほらね』
『もう始まってる』




